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> BOOK_M.GIF - 768BYTES機動戦士ガンダム 〜NO WHERE MAN〜
外伝 ペギー戦争
第六章 一人の軍隊

 ラウド・ロウ率いる小隊はやはり、街へ向かっていた。男達の目は鋭く、吐く息は乾ききっていた。
 正確に言うとラウドが率いているわけではなかった。小隊はラウドの命令で出撃したのである。先ほど街を焼き払ったのとはまた別働部隊である。
 ラウドを抜いて、この六機のアナナスの中の隊長格、ミルメントは不思議に思ってはいた。
“どうして、六機も・・・・・”
 この六機というモビルスーツ『アナナス』の数はミルメントに多すぎると感じさせた。六機はラウドの指定だった。ミルメント自身、ラウドが腕の立つパイロットであることは知っていた。しかしこの数、しかもこれから向かう街はもう既に壊滅状態にあるというのに。そこが腑に落ちなかった。
 だが、向かうしかないということもわかっていた。

 シドは水浸しの荒野の上だ。爆発前に地下から出たものの、爆発で貯水プラントの水が全て流れ出てしまった。
“とりあえず格納庫に戻るか。この街にはもう用はない”
そう思う。
そう思うと同時に格納庫にさえ用はない気すらする。
 とにもかくにも、歩き出すことだけは間違いではないだろう。
 日がまた傾いた頃、シドは結局格納庫に戻った。
「シド・・・!一体何処に行ってた?街は大変な事になって・・・・」
そのタブルの言葉が終わらないうちにシドはタブルののど元をがっちりと掴んだ。
「知らねぇよ、俺の街じゃねぇ。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」
「こ、これからどうする気だ・・・・・」
「とりあえずこの街は終わりだ。頭もなく体もボロボロだ」
「頭・・・・?」
「明日にはこの街を出て、もっとでかい街に行く。手にいれる物も手に入れた」
 そして手を離したが、まだ息苦しさは残っていた。
 その時モニタリングを続けていたア・ダッチが叫んだ。
「街の南方、敵機影だ!六機!」
タブルはその声で屈めていた体をすぐさま起こした。シドは階段を下って行く。
「おい!交換条件だ・・・・。この街をこれ以上ヤツらの好き勝手させないでくれ」
「何と交換だ?」
「もしやってくれたら、俺は一生お前について行く、何処へでも連れて行ってやる。できるか?」
 シドは顔を伏せながら言った。
「誰に言ってるんだ?約束は忘れるな」
 そのままシドは走って、クラッシュへ向かった。走ってそのままクラッシュに飛び込んだ。
 ハッチを閉めて、シートに落ち着いた時、ナイフが首に突きつけられているのが分かった。分かったが、そこはシドだ。振り向くことはせず、そのまま落ち着いていた。
「何だ?」
クラッシュを起動させながらシドは言った。
「何だろうねぇ」
その声から男だということがわかった。薄ら笑いを浮かべている。
「ま、いい。敵が来てるんだろ、さっさと出ろよ」

 そのひんやり冷たい金属を感じながらクラッシュはとりあえず格納庫を出た。

「何者だ?」

「フフ・・・。まずは黙って目の前の敵と戦え、話はそれから、だ」

 シドは思い切りペダルを踏み込んだ。クラッシュはみるみると加速してゆく。レーダーにははっきりと六機の機影が映し出されていた。

「ホラ、ビームだよ」

「わかってる」

次の瞬間、クラッシュをビームが掠めた。

「うまいうまい」

この男はどこか楽しんでいるようだった。

 先制攻撃を放ったのは、他でもない、ミルメントだった。

「アレをかわすとはな・・・・。02番、05番!左右に展開しろ!」

その言葉に機敏に反応した部下達はクラッシュを囲もうとした。もうアナナス達とクラッシュの距離は近い。

「来たよ」

その男がいちいち後から言ってくるのが気に障ったが、そのままシドはビームライフルを抜いた。もちろん首にはナイフが光っていたが、ビームを放つ時に集中は欠かせない。細く息を吸い込んで、トリガーを引いた。

 いつもならビームは命中し、まず一体片付くところだが

「焦ってんの?」

はずれた。そしてシドの後の男は言葉を続けた。

「君の操縦はこんなはずじゃない。もっとしなやかだ」

そう言うと男は片手でタバコをくわえ火をつけた。

「ふぅ」

男が吹かした煙がコクピットの中に漂った。

「やめろ!邪魔だ」

「フフフ、ホラ、またビーム」

「ちっ!」

 またもミルメントの放ったビームがクラッシュを掠めた。

「危ないなぁ、これじゃあやられちゃうよ。それとも・・・首のナイフのせいでうまく戦えないのかな」

クラッシュは背中のブースターから炎を上げ更に上昇した。シドは汗をかいていた。自分の経験の中では初めての汗だった。額ににじみ出た汗は頬をつたい顎から滴った。何もシドはナイフに恐怖しているのではなかった。焦っているのは後の男も殺したいが敵とも戦わなくてはならない、そんな焦りだ。早くケリをつけたかった。

 男はシドの首の筋肉は硬直し、ナイフが少し押し戻されるのがわかった。ナイフの先端は首に刺さった。汗に混じって血も少しだが流れた。

「もう黙るよ。でも妙な真似をするなよ、ナイフはこのまま突きつけているし、いつだって君の首をかき切れるんだ」

 気が付くと、シドは囲まれていた。

「袋のネズミだ」

“く、どうする”

シドらしくもない、と感じるだろうがやはりこれが人として普通の感覚だろう。恐怖はない、だがどうしようもない焦りがあった。死に対して焦っている訳でははない、むしろ焦りというより極限の中での感情の心地よい高ぶりでもあった。

 そんなことは知らずミルメントは勝利を確信すると同時に、やはりラウドの六機という指示は間違いだとも思った。

「落ち着け・・・・。こちらミルメント、念のためだ、ヤツには3機同時に攻撃を掛ける。それを避けようとしたところを残りの三機で止めだ。いいな?」

ミルメントは低い声で五機の仲間に伝えた。

「02、04、05番は第一波、私を含めた残りは第二波だ。秒読み、三、二・・・・」

まだ秒読みは終わっていなかった。

「うわぁぁぁぁ!」

一機のアナナスが先走った。

「何してるっ!」

その声の意味もなくビームは走った。

 それは一瞬のはずだ。しかしシドにはビームが『ゆっくり』と見えた。その光はスローに向かって来た。

 その時、その瞬間、空気に色があるとすればクラッシュのコクピットの中の空気の色は確実に変わっていただろう。

「何・・」

シドの後の男は誰よりも早くその変化を本能的に感じ取った。

 シドは『ゆっくり』になった光をただ見ているだけではなかった。その光がライフルから頭を出したと同時にクラッシュのビームライフルを放っていた。光と光は近づいていく。

「03番!04番!」

「駄目です!もう・・・・・」

「応答ありません!」

 そこからは早かった。

「体勢を立て直せ!落ち着くんだ」

部下にそう言ったものの、彼自身無理だった。クラッシュの運動能力は限界まで引き出され、機体は悲鳴を上げていた。シドの反応速度に機体の性能が追いつかないのだ。オーバーヒートしたクラッシュは次々と敵にビームを突き刺した。

「どうなってる・・・・」

 02番が放ったビームは、それに放ったクラッシュのビームとぶつかり進路を変えられた。その進路はクラッシュから03番に変わり貫いた。そしてクラッシュのビームも進路を02番から04番に変え、貫いた。シドはビームとビームを兆弾にして一瞬で二機を落とした。宇宙世紀始まって初の技だろう。

 残ったのは三機のアナナス。ミルメントと02番、05番。05番は完全に戦意を喪失していた。そんな間をシドが見逃す訳が無かった。05番は撃墜された。

 そこにミルメントの怒鳴り声が響いた。

「臆するな!我等にはペギー様がついている。それにまだ二対一、お前が先に仕掛けろ。私に策がある」

「・・・ああ・・・」

「さぁ、行けよ!」

無理もない、と思ったのも事実だが行かせるしかなかった。そうしなければ勝てる見込みは0%だからだ。たとえ部下が死んだといえ、任務の遂行が第一。

 男は考えた。

“まずいな・・・・もう既に、起き始めている・・・”

そしてナイフをシドの首から引いた。そのまま無言でシドの肩にナイフを突き刺し素早く抜いた。シドも気づいていたし確かな痛みもあったが、そっちには全く気を向けない。

“大したものだ”

 意を決した02番はクラッシュに、攻撃を。攻撃、というより、突進、突撃だ。

「死にに来たかよ!」

シドがビームサーベルを抜いたその時、02番を突き抜けたビームがクラッシュを貫いた。

「許せ!」

ミルメントは一直線になった部下とクラッシュをぶち抜いた。幸い、コクピットは無事だった。その衝撃は凄まじい。シドの目には空がとても青かった。

「どうするんだ?シド、よ」

男はシドに問いかけながら、さっきのナイフに付いているシドの血を小瓶に採っていた。

 クラッシュの下半身と言う部分か、それは先のビームで完全に動かなくなった。

「いらないものは、斬るだけだ」

クラッシュが握るビームサーベルの出力の方向はクラッシュ自身に向いていた。シドはビームを出してクラッシュの腰から下を切り離した。

「切腹・・・・?」

クラッシュはバチバチと火花を上げていた。まさにクラッシュしようとしているのだ。ミルメントはその姿を見てますます勝利を確信した。

「終わりだ・・・!」

戦いは最終急面を向かえた。ミルメントが操るアナナスはそのビールライフルの銃口を持ち上げた。その時だった。

「な・・!は・・はや・・・」

クラッシュが一気に間合いを詰めた。下半身がないクラッシュは軽くなった為、速い。

 近い、近すぎる。ライフルでの攻撃は無意味な間合いだった。今度はクラッシュのビームサーベルがアナナスに突き刺さった。

「ペギー様ァ!」

アナナスは爆発し、その爆風で半身のクラッシュも吹っ飛んだ。落下寸前でできる限りのバーニアを噴かして衝撃は最小に抑えたものの、落下の衝撃は肩からの出血が酷いシドにとってはこたえた。

「うう・・・・」

意識は薄れ始めていた。

「もういいよ。ハッチを開けろ」

後の男が言った。

「何者だ・・・・お前は・・・」

「血液サンプルは採らせてもらった。・・・今の戦いで分かったよ、もう始まっているようだな」

「・・?何のことだ・・・?」

「それじゃあ、俺が開けよう。狭いからな」

男はクラッシュを操作して胸部ハッチを開けた。そしてクラッシュを降りるとき、シドの髪の毛を1本抜いた。

「待て・・・」

そこでシドの意識は途絶えた。ただ単に出血多量だったからではない。そんな量は出ていない。

 荒野の、乾いたそして少し砂が混じった風に気づくと、シドは囲まれていた。完全に機能停止したクラッシュを取り囲んで武装した兵士達が銃を構えている。その数は十人以上か。

「なんだと・・・・」

シドは重い体を起こしてクラッシュを降りた。

 「動くなッ」

と言われたが、動こうにも体は言うことを聞いてくれない。

 残っている体力を使ってシドは腰の拳銃を抜いた。

「ぬがぁぁ!」

武装した兵士の顔、顔は唯一防護されていない箇所。そこを打ち抜くと本当に力が尽きるのが分かった。

 その兵士達を率いている兵士が叫んだ。

「放てッ」

その声と同時にシドはネットに包まれ、次の瞬間電撃が走る。

「うお・・・!」

シドはそのまま荒野に伏して気絶した。

 こうも脆いものだとは、男は少しがっかりして振り向いた。部下達は命令どおり後に待機していた装甲車にシドを積み込んだ。そしてクラッシュもまた別の運送機に搭載されようとしていた。

 ちょうど太陽は男達の真上に来て、男達の連邦軍バッチを煌めかせた。

「出発だ」

「向こうは?」

「行ってる」

タブル中尉とア・ダッチはレーダーから機影がなくなって敵機が全滅したことを知った。

 タブル中尉は安心した、その勢いのまま椅子に座り込んだ。室温は高く汗ばんでいた。

「ふぅ・・・、何とか、なりましたね」

ア・ダッチはキーボードを叩きながら答える。

「・・・引き分けってところか・・・。クラッシュの反応もない。さすがのシドも多勢に無勢。それでも勝ったんだ・・・・大したもんだよ」

 ア・ダッチは今までのクラッシュの戦闘データをまとめているところだった。その数値を見るたびに息を呑むものである。クラッシュの特性をここまで引き出せるのはシドだけだろうと思う。

 クラッシュは全曲面型モビルスーツだ。地上、空中、水中、そして宇宙でもその運動能力は変わることはない。その理由はクラッシュの持つ装甲にあった。

 クラッシュの装甲に使われている金属は地球上の物ではない。数年前にある科学者が発見した。その金属はあらゆる環境に溶け込むように、慣れるように、抵抗がなく。極めて自然体で機動できるのだ。それゆえクラッシュの運動能力は極めて自然体。しかし、今までにテストにテストを繰り返したもののクラッシュを自然体まで持っていけるのはシドだけだったと言う訳だ。いくら機体性能が高くとも、操るのは人間だ。その人間が見つからなかったため。金属発見から数年経っての実用化だった。また、その金属はあらゆる環境と友好的、と言うことで『フレンドリーメタル』と名付けられた。

 このクラッシュの兄弟機にあたるのはラモーンズ。基本骨格はクラッシュと全く同じだが、何やら新システムが導入されているらしい。ア・ダッチが不完全と言っていたのはこのシステムのことだ。

 今まとめているシドのデータを活かすことができれば、そのシステムは完成する。新たな目標が現実のものと浮かんできたア・ダッチは酒も飲まずにコンピューターに没頭していた。

 この格納庫は二階建て構造を持つ。外観は鉄筋で造られていて、あちこちに錆が見受けられた。入ってまず、一階なのだが、一階は部屋なんかの区画はない。全てモビルスーツや戦闘機を収容するスペースで天井まで吹き抜けになっている。入ってすぐの錆び付いて崩れそうな階段を上ると一本真っ直ぐの通路があり、その左横に三本の通路が空中に伸びている。この通路はモビルスーツの整備や、乗り込む時にまず通る。そして通路の右横にはドアが二つ並んでいる。一つはタブルが使っている生活区画。もう一つのドアはア・ダッチが使う機器が設置されている最先端とは言えないが、オペレーションルームである。前にも触れたが地下シェルターも一つ一つの格納庫にあるのだ。

連邦軍の格納庫は古いところはほとんどこの構造になっている。

 激しい音が格納庫の扉を襲った。バッバババ!

「下からか?」

ぼろぼろのソファからタブルは立ち上がった。額の汗を拭うと同時にただならぬ気配を感じた。急いで部屋を飛び出して、ア・ダッチのいる隣のドアを開けた。

「凄い音が・・・」

ア・ダッチは机に向かっていた。

「落ち着いて・・・」

そう言ってア・ダッチは目の前のモニターを指差した。

 モニターには武装した兵士達が映し出されていた。

「さっきの音は・・・・」

「扉をマシンガンでぶち抜いたんだろ。物騒な連中だ」

「一体・・・」

更に近づいてタブルはモニターを覗き込んだ。よく見るとその兵士達は連邦軍の者だと分かった。

「どういうことなんだ」

「・・・いや・・・さぁ、わかりません・・・」

「アンタが呼んだんじゃないのか?」

「僕はこんな連中知らないぞ・・・・・」

 どんどんと兵士達の足音が階段を上ってきた。隠れる場所は勿論ない、もっとも隠れる気もないが。タブルにはこの室温が余計うっとうしく思えた。

 二人はとりあえずドアとの直線上から離れた。最初の扉のようにマシンガンで蜂の巣にされたらひとたまりも無いからだ。

 次の瞬間、案の定ドアは吹き飛ばされた。

「何の用だ?」

ア・ダッチは強気で言った。

「二人いたか・・・・・」

ドアがあった場所で銃を構えている兵士達の奥から、ゆっくりと男が現れた。その男は他の兵士と違って武装もしていなければ、制服も着ていなかった。

「えぇ・・・・タブル・・・中尉は・・・・どっちかな・・・・?」

下を向いたまま男は言う。

「僕だ・・・・」

タブルは一歩前に出た。と同時にガチャリと銃を構え直す音。

「よせ・・・・。そっちの男は?」

「ここの基地に駐留している科学者だ」

「そ、か・・・・。ではタブル中尉、我々と同行願いたい」

タブルは息を一回呑んでから言った。

「・・・何者だ?お前ら」

「ん・・・・、お前ら二人を捕まえに、な」

「二人?僕と博士をか?」

「いや、お前ともう、一人・・・」

「!、シドか!」

 男が指で兵士達に合図すると、瞬く間にタブルを数人の兵士が取り押さえた。それは日々の訓練が成せる、プロッフェショナルな仕事だ。

「大尉、こっちの男は?」

「そいつはいいや、行くぞ」

「ハッ」

 ア・ダッチは取り残され、タブルを捕まえた兵士達は引き上げていった。どうすることもできない自分の無力さに怒りを感じたが、タブルも彼らも連邦の者。大事には至るまいと思ってまた机に向かおうとした時。

「行ったか」

「!」

ドアの所にもたれかかって男が立っていた。さっきの連中とは確実に違うことがわかった。

「誰だ」

男はクスッと微笑を浮かべた後、言った。

「この世にはさぁ、数え切れないほど人間がいるよなぁ。その全てを知らないし、知る必要も無いと思う。だから、俺もアンタを知らないし、アンタも俺を知らない。それでいい。あのモビルスーツはあいつのと同じだよ。わかるんだ。またやるって。あ・・・・そうだ・・・もう死ね」

男が銃を抜くのをア・ダッチは気づかなかった。死んだと分かる間もなく、死んだ。

 ラモーンズは空高く舞い上がった。そして東の空に消えた。

 痛みは体を包んでいた。薄暗く冷たい、鉄の直方体の中にいる。斜め上にある空気の穴、そこからゆったりとした光が差し込んでいた。どうやらここは荷台のコンテナらしい。

 肩の血は固まっていた。肩もそうだが頭が酷く痛かった。

 シド自身も気づき始めていた、己に起こった変化に。それは外見を見ただけではわからないものだ。何か精神的な、とても内面的なもの、だ。

それは先の戦闘の時だ。突然に発動した。『発動』という言葉で表していいのかはわからないが、そういう他に無い。あの時、シドは確実に自身の認識力の拡大を感じていた。ビームにビームを当てるのは、何も凄いこととは思わなかった。当然だったからだ。

なぜ?それはわからない。才能?そういうことなのだろうか。本当の自分が全く見えていない。

 あの時、後にいた男、奴は何か知っているような口の利き方だった。また会わなくては・・・・。シドの中と周りでぐるぐると色々なものが回り始めた。

トラックは一定のリズムで揺れ続けている。頭の痛みは消えない。シドはそのまま眠り続けていた。

トラックは止まった。慣性の法則で力がシドに掛かる。しかし、シドが目覚める気配は無かった。

 「化け物だな・・・・・・」

白衣の男がベッドの上でライトに照らされているシドを見て言った。

「君がナイフを刺してから・・・・」

「その後、十分程意識があったことになる」

「・・・・あのナイフに塗っておいたのは即効性のものだよ。まったく・・・信じられん」

「その時の血液サンプルだ」

「明らかに違う・・・・。戦う前と、後では」

 これだから科学者と言うのは戦えんのだ、と男は思った。男はシドの後にいてその変化を肌で感じていたからだ。あの時のあの感じはコンピューターや机上の計算だけでは求められない。

 男自身、シドが何者なのかは詳しくは知らない。ただ上から重要視されているらしいことは知っていた。

「で、どうするんだ、こいつ・・・・」

「大体のことはわかった。あとは地下牢にでも入れておけ」

「わかったよ」

 男が連絡を取ると部下達が数人でシドを運び出して行った。

「地下牢へ持ってけ」

「地下牢には今ゲイシーがいますが・・・・・?」

「構わん」

 兵士達はシドを担架に乗せると足早に運び出していった。

 ロサンゼルス。『天使のいない街』、だ。タブルはここに来るのは二年ぶりのことだったがその街の風景は変わってはいなかった。

トラックはそのまま走り続けた。タブルは拘束されている訳ではないのだ。いたって自由。なんの束縛も無い。タブルは兵士達に何も聞かなかった。何か答えてくれる態度でもない。黙って遠くを見るより無かった。

“この道は・・・・。基地へ・・・・?”

タブルの記憶が正しければこの道はロサンゼルス基地に行く。

 北アメリカの二大基地といえばニューヨークとロサンゼルス。恐らくこの二つの基地を陥落させれば、北アメリカはペギー教の楽園となるだろう。それほどこの二つの基地は地球連邦軍にとって重要なファクターを占めていた。

 この兵士達、見ると明らかに連邦軍兵士だ。それが分かる分、タブルは安心できた。しかしなぜ・・・そしてシドは・・・・・。

 そのままトラックはタブルの予想通り、ロサンゼルス本部の敷地内へと入った。

 タブルはトラックを降ろされ、久しぶりになるロサンゼルス本部に入った。

 「タブル・ドルリア中尉、二十一歳、配属は・・・トム。ポンコ・ココ直属の部下という訳だ。間違いないね?」

「はい、ありません」

いつになくタブルが硬く答えたのは、相手がタート少将だったからだ。タブルにはまだ理解できなかった。なぜ自分がここに、しかも少将閣下の前にいるのか。

「で・・・何で君がここにいるのか分かるかね?」

その問いにタブルは答えることができず、数秒の沈黙が生まれた。タート少将は話を続けた。

「まぁいい、そう硬くなるな・・・・、落ち着きなさい。君の罪、罪というのか・・・それは、あのモビルスーツで戦闘許可もなく敵と市街近辺での戦闘に加担したことなのだよ」

あのモビルスーツというのはクラッシュのことに間違いないだろう。

タブルは言い訳しても無駄だろうと思ってそのまま沈黙を続けた。

「分かるね、こっちとしてもこんな状況の中勝手なまねをされると困るんだよ」

「私の処分はどうなるのでしょうか?」

「うむ、結果的には敵機を撃墜した訳だが通常では謹慎処分だ」

「では私のほうから書類をまとめて提出して・・・・」

 ゆったりとした椅子に深く腰を落として反り返っていた少将は今度は体を逆の方向に曲げて机にひじをつき手を組んだ。

「今回・・・・。そのモビルスーツを操縦していたという男をこちらで調べさせてもらった。驚いたよ、一応連邦兵士としての登録があったがまさか階級が二等兵とはね・・・」

軍で二等兵といえば初年兵。操縦はおろかモビルスーツになど触らせてもらうことすらできない存在なのだ。

「シド・ヴァイス、知ってるね」

「はい」

「登録されているとはいえ、名前と性別以外、生年月日不明、血液型不明、戸籍不明、出身不明、学歴不明・・・不明不明不明・・・・。がしかしだ、その戦いぶりは聞いている」

「何を・・・・」

タブルを制した。

「そこでだ、君たちは正式に独立部隊として認められた。働きぶり次第では先の不祥事を不問にしてもいい。・・・もう一つある、いくら優秀な兵士とはいえ、我々はシド・ヴァイス二等兵を自由にしておく気は毛頭ない。だから懸賞金を掛けることになった。正直な話、こちらとしても邪魔なんだよ、そういう危険分子は」

 正直な感想は、信じられない、ということだった。タブルはできることならばもう一度説明が欲しかった。

「何か質問はあるかね?」

「私もその部隊の配属になるのでしょうか?」

「いや違う。君にはサポートに回ってもらうが隊員ではない。隊員は一人、彼一人だ」

とにかく考える時間が必要だとタブルは考えた。何について考えるかは決まっている。その前にシドと会って話さなければ・・・・。

 今回はこれだけにして、まずは最初の任務を待つのが本当の意味での最初の任務だ。待っている間、ここでただ待っているだけでは話にならないのだ。どう動くか、それが大切なのだ。

 待っている間の拠点として、連邦側が用意したのはロサンゼルスの街が一望できるホテルのスウィートだった。確かに眺めはいい。窓の正面、山には『HORRYWOOD』と九文字の看板が見える。旧世紀の映画には興味がなくあまり見たことはないが。ここから街を眺めているとそんな時代をうかがえた。

 この辺りはまだいい。連邦高官や政治家、戦争成金なんかが住むエリア。このエリアから一歩外に出ると浮浪者達の街なのだ。老若男女、あらゆる世代の者がひしめいている。食べ物もなく寝床もない、一つ裏通りに入ればいつ死んだのか、死体が転がっているのが日常だ。

 この街の状態に対して連邦政府は知っているのか本当に知らないのか、何もしない。それだけならまだいい、月に一、二度、荷台に何人かの連邦兵を乗せたジープがやって来て『狩り』を始める。

『狩り』はその度に何人かの浮浪者を捕らえて、基地へ連れて行く行為だ。元来、浮浪者は浮浪罪という罪になる。その逮捕のためにやって来る。

奴らが普通じゃないのは、その行為を楽しんでやることだ。時には捕らえる前に浮浪者の手足を銃で撃ちぬき、もう逃げられなくなるまで追い詰め、殺すこともあるのだ。

しかも一回の『狩り』で全浮浪者を捕らえないのは、その数の問題もあるが、奴らの楽しみがなくなるのが嫌なのだろう。他の浮浪者に対しての見せしめにもなると踏んでいるのだ。

この街では連邦軍に逆らう者など一人もいない。まさに『天使のいない街』なのだ。

 この部屋にはタブルが仕事をするには十分すぎる環境が整っていた。コンピュータはもちろん、生活していく上で必要なものは全て揃っている。また、必要なものがあれば、フロントにコールすれば全て用意してくれる。

 タブルの頭の中は依然としてグルグル回っていたが、気を紛らわす為にもコンピュータの電源を入れた。

 シドが意識を取り戻したのは両手両足を連邦兵士に捕まれているときだった。

「・・・・」

状況はわからなかった。が、次の瞬間兵士達は手を離しシドは投げ出された。シドが体制を取り戻す前に扉は閉じられ鍵が掛けられた。

兵士達の足音が遠ざかっていく。

「おい、ちゃんと見張っておくんだぞ」

「わかってる」

 ようやく五感を取り戻すとそこは薄暗かった。ここが何処かはわからないが、閉じ込められたらしい。目頭を押さえながら落ち着いてみるとこの中に自分以外にもう一人いることに気づいた。

 エド・ゲイシー。一言でいうと殺人鬼だ。今年四十二歳になるが、初めて人を殺したのは十一歳のときだ。なぜ殺したのか、今となってはそんなことはどうでもいい。なぜならゲイシーはその後の人生の上で二十六人殺すことになるからだ。つま

り捕まった時点で死刑は確実なのだ。ゲイシーは殺した人間をバラバラに分解し食用として自宅の冷蔵庫に保管する習性があった。彼が狂信していた宗教の影響といえる。

 この男が連邦軍保安課に捕まったのは二日前のことだ。それまでこの男はロスの人々にとって『狩り』と同等の恐怖だった訳だ。

 その男と一緒の地下牢にいることをシドは知らない。

 誰かは知らないが誰かがいることは知っている。それも今はどうでもいいとシドは思った。たとえ誰だろうといい。ここから出ることが先決だ。そう思っていたとき。

「ううう・・・・」

「!」

シドの正面にいる男が低いうなり声を上げた。

「ううう・・・・うわぁあ・・・」

「ちっ」

よくはわからないがシドは無視することにした。そして次の瞬間。

「うわぁぁぁぁっっ!か、看守!」

男は勢いよく立ち上がり鉄でできた分厚い扉を何度も叩いた。

 ドンッ、ドンドン!その音に気づき見張りの兵士がやって来た。

「どうした・・・・?」

兵士はこの男、ゲイシーのことは知っていた。だからシドの身に何かあったのだと思った。しかし覗き窓から見るとうろたえているのはゲイシー。

「こ、殺されるっ!出して、出してくれ!頼む!」

「うるさいぞ!どうしたんだ、殺されるって誰に?」

兵士はとうとうゲイシーが本当に狂ってしまったと思った。その顔は完全に青ざめていたが、扉を叩く腕の筋肉は硬直し血管が浮き出ていた。

「わからないのか!?この男・・・・・」

「何を・・・・」

 通路の奥から男がやって来た。その男を見て見張りの兵士は敬礼した。

「これは・・・!」

男は兵士を無視して地下牢の中を覗き込んだ。

「あのゲイシーが怯えている・・・。やっぱり凄いよ、お前は」

その声にシドは立ち上がった。

「お前か」

 ゲイシーはいわば殺人のプロだ。殺される者の恐怖も手に取るようにわかる。

「わざわざ運んでもらって・・・。世話になったなアンタには・・・・」

シドは言いながらぐるんと肩を回した。

「なぁ!アンタ、鍵を持っているんだろう。開けてくれ!」

更に興奮して、ゲイシーの目の焦点が合っていない。扉を叩く力、その音も大きくなる。

「うるせぇんだよ」

「ひぃ!」

 シドは右手でゲイシーの頭を思い切り鷲摑みにするとそのまま鉄の壁に叩き付けた。

グシャッ。何かわからないが潰れる音。そこから壁に顔をつけたまま手の中にある頭を右に移動させた。

「うぎゃぁああ!」

もちろんゲイシーの顔は血まみれだが─

「大袈裟じゃないか?」

シドはゲイシーの赤い顔に左拳を叩き付ける。そこで終わりだ。ゲイシーは立つことができない。

 「何なんだこいつは」

シドは全くこの男を知らない。

「感じ取ったんだよ、お前の臭いをな。野生の動物ほど感じられる。さてシド・・・・」

この男こそ、あのときクラッシュのコクピットでシドの後ろにいた男である。その飄々とした態度から只者でないことはわかる。

「出せ」

「クク・・・。焦らずともすぐに出られる。お前はこんなところにいても意味のない男だ」

「お前は何者なんだ?」

「俺は連邦軍人だ、今のところはな・・・。それよりシド、お前には殺人罪がかかっている。連邦兵士を一人殺しただろう、まぁ、あんなゴミの代わりはいくらでもいる訳だが。他にもな、色々なことでこういうことだ」

言い終わると同時に男はシドに紙を差し出した。

 扉にある小さな長方形から差し出された紙は、ヒラヒラと冷たい石の床に落ちた。

「・・・」

シドはその紙を拾い上げ、ぱっと目を通した。

 ゲイシーはというと、痛みのあまり失神していた。

 

 

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