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> BOOK_M.GIF - 768BYTES機動戦士ガンダム 〜NO WHERE MAN〜
外伝 ペギー戦争
第七章 出発

 

 タブルがタート少将の部屋を訪れてからもう一週間が経った。依然として何の命令や指令はない。

 タブルはそれを待っている間、前の基地でやりかけの仕事を片付けていた。シドもあの後すぐ釈放されたらしいが、まだ接触していない。

「そりゃそうだ、指名手配されてるんだからな」

 あのときタート少将が言った言葉は現実になって帰ってきた。あの日の二日後、タート少将が言った通りシド・ヴァイス二等兵は指名手配となった。それなりの懸賞金も掛かっている。この街じゃ危険すぎる額だ。浮浪者達の格好の獲物となる。まあシドに限ってそんなことはないと、タブルは思いながら仕事を続けていた。

 「お前は何者だ?今度は俺が訊こう」

男のその言葉に扉を隔ててシドは一瞬言葉に詰まった。

「俺は俺だ、やりたいようにやるだけだ」

「答えになってないな。そのやりたいこととは何だ?」

「俺は・・・俺を知りたい。俺が俺を知ったとき、何かがあるはずだ」

「何もなければ?」

「そのときはまた探すさ」

「ククク・・・お前の一番の敵はお前のようだな。ではなぜ連邦など下らんものにわざわざ縛られる」

「動きを起こす上で便利なだけだ。それに俺は縛られてない。食いたいときに食い、寝たいときに寝る、殺したいときに、殺す」

「今お前の周りを見てみろ。それは縛られているんじゃないか?お前は、強さを演じているだけじゃないのか?」

 「うぅ!」

目覚めると、またあの男の嫌なオーラが張り付いていた。

一週間前、あの後すぐにシドは牢を出た。あの紙には色々と書いてあったはずだが、どうにも思い出せない。ポケットにはっているが、開く気にはならない。

この一週間は考えさせられた。自分は何者でなぜ生きるのかと。今となっては最初の荒野で野たれ死んだ方が・・・・・。シドの自我にも変化─。

「シドさん、起きてたのか」

基地を出た後、ロスの貧民街でふらふらしていたところを拾ってくれたのがこの少年だ。名前は聞いていない。

「俺がここに来て何日になる?」

「え・・・と、四日かな」

あれからずっと奴の夢を見る。

 「おい、奴の様子はどうだ」

「大丈夫だよ、気づいてない。しかし、間違いないんだろうな」

「ああ、確かに奴だ」

「信じらんねぇな・・・、奴が賞金首だなんてよ。あんなヒョロヒョロの男がな」

「まぁいい、奴を連邦に引き渡せば俺たちも向こう側に行ける」

 貧民外の浮浪者達は、ロスの裕福な人間達の世界を『向こう』だとか『向こう側』と呼ぶ。

 六日前、確かにシドはタート少将が言った通り、指名手配された。懸賞金付きの賞金首である。

 浮浪者たちは知っていた。今までシドの様子を伺っていた浮浪者達だが今夜には動き出すつもりでいた。

 「連邦軍が求めているのは力だ。お前の持つその力、これを縛り付けて、好きにしようってな。もちろん、俺もそう、まぁ使い方は違うがな」

「お前の名は・・・・?」

「デュイグ・アサツ」

「俺を捕まえたのは上からの命令か」

「そうだ。が、個人的にお前に興味があった。・・・・・この赤い髪、お前のだ、お前も目覚めるのかもな」

「何・・・・・?」

「俺は赤い髪の男にもう会った。奴は・・・・」

「貴様、何を・・・」

「ん・・・。お呼びだ。俺はもう行く。シド、俺達は形式的には仲間だ。また会おう」

 

 シドは今、貧民街のアパートの一室のベッドの上にいる。ここはまるで牢屋だ。

鉄筋コンクリートで囲まれた部屋には、隅のほうにある小さな真四角の窓から射す太陽光だけがやって来る。ばねが飛び出してくたびれたこのベッド以外にあるものは割れた酒のビンと、いつのものかわからなくなった缶詰が転がっている。

シドはタオル一枚とこのベッドの上にいた。東洋系の少年が一日に一回、少ない食料を運んでくれる。

なぜ連邦軍に入ったのか。それは情報の為だ。自分を知る手がかりはあの研究所にいた七人の研究者。それらを知る為に連邦軍に入った。タブルもその為だ。その為にタブルが必要なのだ。

ふとシドは下が騒がしいことに気づいた。何やらざわついている。

 「いいか、部屋に突入したら一斉に男を鉄パイプで殴る。殺すなよ、気絶させるんだ。その後、連邦に突き出す」

「わ、わかった」

「よし・・・・」

浮浪者達はもう一度その手の中にある鉄パイプの感触を確かめて、握りなおした。そして一気に階段を駆け上がる。鉄パイプと拳が一体になったかのごとく力が入り、顔にもじんわりと汗がにじむ。

 「シド・ヴァイス、非常に興味深いな・・・・」

「テスト・・・・・?」

「うむ、奴を確かめる。こっちはもう一人、兵士を失っているんだよ」

「そんなものいてもいなくても・・・・」

「連邦軍将校の言葉じゃない。・・・・・クズ共にやられるようじゃ、わざわざ指名手配した意味がないからな」

「どうすればいい」

「幻惑剤でも飲まして、貧民街に放しておけ」

「で、あっちのほうは?」

 浮浪者達は息を弾ませながら部屋へ飛び込んだ。

「!」

「奴は!?」

「いない・・・!」

 ベッドの上にシドの姿はなかった。

「探せっ!逃げられるわけない」

 男達はいつになく俊敏に動いた。飢えと渇きは確実にある。それは肉体的にも精神的にも。

 俺はどうかしていたのか?窓の外側にぶら下がりながらシドは思った。ぼんやりとした不快感はまだ頭に残っている。

 「何処にいきやがった・・・・」

一人がそのとき窓の下にやって来た。シドの上腕筋が硬直する。

 グンッ!思い切り体を引き入れ、一回転しながら窓の中へ─グシャ!踵が鼻へ。

「うがぁ!」

「!」

全員の視線が集まった。シドはぐるんと肩を回す。

 と同時にシドは倒れている男から鉄パイプを拾い上げた。そのまま

 グシャ!倒れている男の胸に鉄が刺さる。パイプの中を駆け上がり血が。噴水の完成だ。

「こいつ!」

そのとき恐怖を越えて死を悟る。悟った時にはもう遅い。この男たちではシドの動きは

「えぇ!?」

また一人今度は後頭部。残り二人だったが

「引け!他集めろ!」

 一人は階段を瞬く間に降りていった。息をすることも忘れていたのは、そうなったのではなくそうさせられたのだ。

 シドが振り下ろした鉄パイプをこの男は一度は受け止めた。

「何のつもりだ?あぁ、鉄パイプなんかで・・・・・」

「うぅ・・・・いや・・・」

「賞金だろうが!」

「ひっ!」

次は頭を潰された。

 シドはすぐに窓から飛び降りた。そして大通りに向かって奔る!

「ち・・・」

さっき降りていった男が呼んだのか、シドは囲まれていた。大通りまではとどかなかった。何人だ?十か、二十。

 一瞬、人ごみの中に銃口が煌いた。それを見逃さなかったシドは素早く、これ以上ないほどに素早く斜め後ろのビルの間に滑り込んだ。それに続いて人々も流れ込む。もちろん反対側からもだ。

 この通路、正確に言うとそうではないが。ここは人が二人横に並んで入れる程の狭い道。

「逃げ道なんてないんだよ!」

先頭の男が叫ぶ。挟み撃ちなのだ。

 「しかし、考えたな・・・。こうも効率的に奴を縛っておく方法があったとは・・。毒をもって毒を制す、とはこのこと・・・か」

「奴の賞金を目当てでやって来るのも多いだろう。所詮は捨て駒。名を売ることだ。そうすれば奴らは必ず引き合う・・・」

「奴任せってことか・・・。随分弱気なんだな」

「無駄な血は流したくないだけだよ」

「ペギー教か・・・・・」

「連邦の汚点だよ」

「で、俺はどうする・・・・・?」

「・・・彼の最初の任務、君も行ってくれ」

「構わんが・・・」

「七人のうち、一人があそこにいる」

 吐く息は熱い。こんな狭く人が密集しているところでは銃はまず使えない。しかしそれは、考えようによっては、使えるということだ。

 緊張が人々を包んでいた。殺気が辺りに立ち込める。シドは腰から銃を抜いた。

 発射された弾丸は四発。それは真上の非常階段の『繋ぎ目』を正確に打ち抜いた。老朽化した非常階段は周りを砂埃に包みながら崩れ落ちる。

痺れを切らした男たちは砂埃の中に突入した。案の定、シドはいない。

 人々、男達、浮浪者達十七名は一気に砂埃の中へ入った。これがまずかった。

 四発、放たれた弾丸は四発だったのだ。ここはビルとビルの間。非常階段はもちろん─

「うわぁぁぁっ!」

後の二発で落とされた非常階段は非情にも浮浪者達を直撃した。

 シドは一つ目の非常階段を上ってもう大通りに出ていた。しばらくはもと来た場所の方向を見ていたが、追随がないようなので振り向きなおすと、正面には人ごみの中で銃を構えていた男が立っていた。

「お見事、いやぁお見事」

そう言って小さく拍手をしながら男はシドに歩み寄った。ゆっくりと余裕を感じさ

せる歩き方。この男、浮浪者ではない。そして男はシドの目の前に立った。それはシドの間合いだった。

「私は連邦軍の者だ。・・・・君は気づいていなかっただろうが、これはテストだったのだ。君の実力を量る為のね。もちろん君は合格だ。そこで我々はシド二等兵に正式に・・・」

話し終わる前にシドは男の襟を掴み引き寄せた。

「な、何を・・・」

「テストだと・・・?俺はお前らの何なんだ?そんなに俺の力が知りたいか、そんなに俺の力が欲しいか?」

「落ち着け・・・」

「俺をくだらない戦争の道具にしたいか?力ならくれやる!」

左手でしっかりと男の襟を掴まえたまま右ストレート。まずは鼻血。

「これか!」

また一撃。今度は前歯が折れる。

「これも!」

また一撃。今度はあごが砕ける。

「うぁぁ・・・・」

ピクピクと男の顔は痙攣して白目をむいた。シドが手を離すと、男は崩れ落ちる。

 シドは熱い息を吐きながら己の握られたままの右拳を見つめた。生暖かい血がべっとりと絡み付いている。

「俺は・・・なぜ強い・・・・」

 立ち尽くすシドの後ろに甲高いブレーキ音を立てて停まった車。大型のエレカを運転していたのはタブルだった。

 「探したぞシド!乗れ、最初の任務だ。現場に向かう!」

「連邦軍か・・・・・」

シドはタブルに背を向けた。が、タブルは言葉を続けた。

「ジョージャン・カウル。わかるだろ、そこにいる。お前も行かなければならないはずだ」

その言葉にシドは車に乗り込んだ。

「詳しいことは追々話す。出すぞ」

「急げよ」

エレカは太陽光を背に受けて走り出した。

 タブルは巧みにハンドルを操りながら言う。

「あんなところで何をしてたんだ?」

「よくわからない。気づいたらあそこにいて・・・・。テストだと」

「テスト?・・・・まぁいい。任務についてだが、これは救出作戦だ。一週間前、俺達があの街を出た後ペギー教の後続部隊が街を占拠した。連邦軍の基地を制圧して、連邦軍の残存兵を人質にしているらしい」

「要求は?」

シドは手を伸ばしラジオのスイッチを入れた。スピーカーからオールディなナンバーが軽快に流れ出す。

「ああ、武装集団の要求は二十四時間以内にコロニーの用意とドルファス将軍の身柄・・・・」

「コロニー・・・・」

「奴らスペースコロニーを十基確保しろなんて・・・」

「コロニーをどうする?」

「そこまで知るかよ」

「それ程要求するだけの材料があっちにはあるってことか」

「将軍の娘が人質の中にいる。そして地球の科学界の権威であるジョージャン・カウル博士も」

「一人目か・・・・・」

 そのとき、ラジオの音楽はロックナンバーに変わった。シドは音量を上げる。デジタルの時計は午後に入っていた。

 エレカはどんどん加速した。

 「で、いいのか?奴は自由だ」

「構わん。泳がせておけ」

「奴一人ではこの戦争は終わらんぞ。それに奴は必ず連邦に牙を剥く」

「それはお前にとっては好都合じゃないか。まぁその前に消す。奴は捨て駒、その為に生まれ、連邦軍にいるのだ。全ては上の命令よ。事が片付けば用なし・・・。生かしておけば奴の存在自体が次の戦争につながる」

「連邦軍の『ひとりぼっちの男』か・・・・」

「さぁ、お前も向かえ」

 シドたちは街から十キロ離れた林の中の仮設基地にいた。本作戦の為に立てられたものだ。

 中央の作戦室は通信機やら何やらでごちゃごちゃとしていた。焦りからかそこで働く兵士達は皆汗を顎に滴らせている。そのなかにどっしりと椅子に腰を下ろしふんぞり返っている男がいた。シドとタブルは部屋に入るとすぐにこの男に呼び止められた。

「貴様がシド・ヴァイス二等兵か?」

「ああ」

「ちっ、気に入らんな。私が本作戦の指揮官であるリュー・ホウ大佐だ。貴様は?」

大佐はシドの隣を見た。

「自分はタブル・ドルリア中尉であります!」

 大佐は早速、この辺り一帯の地図を広げた。所々に赤や青のペンで×印がつけられている。そして二人の顔を順に見ると、

「いいか、ここが今いる作戦本部だ。そしてここから北東に約十キロ、占拠された基地。周りには今はもうゴーストタウンだが街。敵はこの中だ」

「作戦とは?」

「いいか?この中には多くの人質がいる、その中には重要人物もいる。よって我々は迂闊に攻撃を仕掛けることができん状態にある。今回の作戦は全て単独行動によって行われる。まずはここ、基地から少し離れたここに全人質三十六名が隔離されている。ここに行って人質の救出が最優先だ」

すかさずタブルは口を挟む。

「全員をでしょうか?」

「いや、知っているだろうが、将軍の娘ルーシー・モンドとジョージャン・カウル博士の身柄の確保が最優先だ」

「!、ルーシー・・・」

「知っているのか?その二人以外はどうでもいい」

「見殺しにしろと?」

「こっちだってそんなゴミ共にいちいち構ってられん。早速行ってもらおうか、奴らが指定したタイムリミットまで残り四時間を切っている」

 二人はその説明の後、兵士に裏にある格納庫に案内された。

 格納庫と言ってもそれは幼稚なもので、本当の意味で格納庫の役割は果たせそうもない。

 「クラッシュ・・・」

「我々のほうで整備させていただきました。では、タブル中尉殿はこちらの作戦室で・・・」

 タブルはシドのサポートに回るため作戦室へ消え、完全に修理されたクラッシュのまえにシドは一人立った。

 クラッシュに手を当ててみたが何の感情もわかなかった。ただあるのは、目標に達することのみだ。日記に確かに書かれていた名前、ジョージャン・カウル。その男に達する戦いだ。それ以外はどうでもいい。

 「さて・・・」

クラッシュに乗り込んだ。その感覚は確かにクラッシュだったが何か違和感があるといえばある。恐らく連邦軍の連中が何か細工を施したのか。『連中』と言ってもシドもその一員なのだが。

 回線を開く。

「準備はできた。シャッターを開けろ」

「こっちからは開けられないんだ。手動なんだよ」

即座にタブルの声が流れた。

 クラッシュは腰のビームナイフを抜いた。

「お、おい・・・」

まるでチーズを裂くように格納庫を切り裂いたクラッシュはゆっくりとバーニアを噴かして発進した。

 林から街まで最短ルートで約十キロ。急ぐ気はないがのんびりする気もない。

 戦況で言うと、不利はこちらに決まっている。わからない中に入るのは心地よくない。

とにかくシドはクラッシュを進めた。まず五キロ、街を囲む外壁に達する。当然のことだが見張りのモビルスーツの気鋭がレーダーに現れる。と同時に通信が入った。

「シド、安心しろ。あっちはクラッシュに気づいてはいない。今回のクラッシュの改修でレーダーに映らないようになってる」

「今度は透明にしてくれ」

「え・・・?」

 機銃掃射の音がクラッシュの回線を通じてタブルの耳に流れ込んだ。その数は多い。クラッシュは林の切れ目から一気に飛び上がった。

「来い・・・」

 敵の銃口は持ち上がり弾丸のシャワーが襲う。敵は三機。クラッシュは空中でビームバリアを展開した。そしてタブルの声。

「ビームバリアも付いたんだ!」

「色々とやってくれるぜ・・・」

ぼやきながらもシドは正確に照準を敵に合わせる。その瞬間─

 ゴッ!ゴッ!

「後ろか!」

コクピットのなかでシドが振り向く。がそこには何もない。正面のモニターには後頭部の損傷が表示されている。

 ゴッ!

下!?違うそんな単純じゃない!

 キン!これは攻撃じゃない。シドの頭に直接流れ込んでくる感覚。一瞬まどろんで、また。

 ゴッ!ゴッ!ゴッ!ぼんやりと目を開けると、いた。林の中に四機。巧妙にカムフラージュしている。レーダーにその機影はない。

「クラッシュだけじゃ・・・」

言いつつも、狙う。するとまた。

 キン!感覚が流れ込む。シドは左手でバリアを張った。

 ババババッ。バリアは正確に後ろから来る機銃を止めて、右手の目標は林の中。微妙な、そして繊細に打ったビームは四発。それぞれが貫く。が、しかし─

「起きる!?」

ビームに貫かれたはずの機体は起き上がりこっちを狙う。

 空にいては格好の獲物。クラッシュもまた一旦林に身を隠す。

 敵は合計七体。ここにいるだけでだ。はっきり捨て試合と言って欲しいものだ。

 「要求の準備はできてるんですか?」

「要求?」

タブルの言葉にリュー大佐はオウム返しで答えた。

「コロニーと将軍の身柄ですよ!」

「ああ・・・・用意は無理だ」

「それじゃあ・・・・」

「駄目なら、それで、な」

 さっきの攻撃の正体の見当は大体ついた。水だ。超高圧に圧縮された水を発射しているのだろう。水圧を高めれば水は金属を破壊する。だが、なぜ奴らが起きたのかはまだわからなかった。

「さて・・・どうする・・・」

周りの樹木は背が高い、モビルスーツは隠れる。だがクラッシュの白は溶け込めない。林から出れば、振り出しに戻る。勝負はこの中で決めなければならない。

 ゴッ!まただ。狙われている。水の打点は小さい。一発一発は大したダメージではないが、このままでは。

 いる。数百メートル先に。カムフラージュしているが望遠モニターから。

「・・・・・クク、そうか・・・」

 答えは実に幼稚なものだ。

 クラッシュはまた林から飛び出した。案の定あの三体の機銃が襲う。

「そんな豆鉄砲では・・・・・」

シドはバリアを張り突っ込んだ。そしてそのままクラッシュを敵に押し込んだ。

 銃弾はもちろん弾く。そして敵は間合いに入った部分から溶けていく。ビームバリアもビーム兵器なのだ。

 中央の機体を再起不能にして、右にビームライフル、左にはビームナイフ。その差コンマ二秒もなく敵を倒すとまた空中へ飛ぶ。

 ゴッ!ゴッ!

「小賢しいな・・・・・」

林一面にビーム掃射。すると攻撃は止んだ。

「やってろ」

まだあの四体は煙の上がる林をウロウロしている。

 つまり真相は、あの四体は『始めから』いないのだ。あれはホロスコープが映し出した幻影。レーダーに映らないし、ビームに貫かれても起きるわけだ。そしてあの水は林の各所に元々設置されている兵器から発射されていた。それをシドは一掃したのだ。決め手は『影』だ。望遠モニターで機体を見たときに影がなかったのだ。

 これでもう、クラッシュの存在は明確。人質も長くはない。

 街を囲む外壁は高い。門は硬く閉ざされている。クラッシュはそのまま空中から外壁を越えようとしたそのとき、轟音とともに正面の外壁は崩壊した。

 砂煙が辺りに立ち込める。そしてその奥からまたも火花が弾ける。シドは瞬時にクラッシュを右に捻り込む。機体の限界値まではまだ余裕がある。

「今度はいくつだ・・・!」

砂煙の中でモニターを熱感知表示に変える。真っ赤に光る熱源反応が三つ。

 クラッシュはさっきの動きで街の中に躍り出た。前のめりになる機体を起こしつつ、右手のビームライフルを構える。が、近い。

 グンッと敵に銃を引っ張られる。今度は後ろに傾く。この瞬間、思い切りペダルを踏み込みバーニアは最大出力を記録する。

 どうやら、今ので敵の脚部の中、人間で言う髄が断たれたのだろう、前に崩れる。

 浮き上がったクラッシュは素早くボディを反転させて攻撃に備える。もう一度逆噴射して崩れているモビルスーツの元へ降りて、敵を抱き上げる。そのまま他の二体へ突っ込んだところで、その敵モビルスーツは楯になる。

 そこは敵も兵士。楯に向けて攻撃を掛け続けるがパイロットの鉄則として混戦の中でモビルスーツの核融合エンジンは撃ち抜いてはならない。もし撃てばたとえビームバリアを張ったとしても、やられる。

 神は我らにいる。そう信じているからたとえ自分達が死すとしても撃つ。そう決心がつくのが二秒遅かった。そこはシドの領域。

 「俺が、撃つぜ」

楯を敵の中に放り込むとすかさず照準を合わせる。この間、0コンマ二秒。

 光は敵の心臓を貫く。確かな手ごたえがシドに返り、辺りは明るくなる。そして光はあふれ出し男達を包んだ。

 規模は小さいが核爆発。街がえぐれる。半径一キロは吹っ飛んだ。

 キン!その感覚に従ったクラッシュは最もダメージが少ない脱出を計れた。だが機能の半分は死んだ。

 街の中は当然静寂が支配している。だがその中にも気といえばいいのか、そんなものが充満し、シドも感じ取っていた。

 さっきから頭に流れてくるこの感覚。しかし、この感覚は何か不完全、不完全燃焼に思えた。何か違う。濁っているのだ。この感覚にはまだ先があるように感じた。というのも以前あの男、デュイグが後ろにいたときに感じた感覚は今よりもっとさきにあったからだ。

 街を基地に向かって北上しながら、シドは基地の方向にぼんやりした影の存在を感じていた。

 「フフ・・・・なかなかやるじゃないか・・・君の部下は」

タブルの隣で大佐が呟く。聞こえてはいたが無視した。

 内心、悔しいのだ。それはシドの働きに対する己の存在が。今こうして通信機の前に座っているが何一つ助けにならない。もっとも、奴はそんなもの必要とはしていないだろうが。

 「ククク・・・・・クカカ・・・・・・」

なおも大佐は薄ら笑いを浮かべていた。

 基地に向かって歩くというより、影に向かって歩いているというのが正しい。その影は危険だと認識している。黒い、その影に。

 とうとうクラッシュは基地の敷地内に入った。白を基調にした建物はどこか薄汚れていた。影から発せられる気はやまない。正門を跨いで、中央から右に入る。

 ここは格納庫が密集する区域。少しの懐かしさが感じられたがすぐにかき消された。ゆっくりと歩を進める。

 キン!まただ!迷うことなくシドは脇の一つの格納庫にビームを放つ。塗装がはげて錆付いた鉄の外装は一気に蒸発する。

 中から二体のモビルスーツが飛び出した。今までのとは違う。こいつらが影の正体?いやそれも違う。このとき通信が入る。

「シド、人質が捕らわれている建物はそこの近くだ。慎重にいけよ」

「どうかな・・・・」

 速い!やはり今までの奴とはレベルが違う。あっちはお構いなしにビームを撃ってくるのだ。

 レベルが違うのはシドも同じこと。回避スピードは上がっている。そしてクラッシュのビームライフルも火を噴いた。

「おい!格納庫を壊してどうする!」

手前の格納庫は吹っ飛ぶ。だがその中にもまた一体。

「タブル、後ろに気をつけろ」

 仮設基地でタブルは混乱寸前だった。だが、こんな中にはっきりと背後の殺気を感じ取った。

「!」

すぐに身を屈めた。頭上すれすれで弾丸が通過する。

「何を!?」

タブルはばねのように飛び上がり、振り向いた。

「座りたまえ」

銃を構えている大佐が言った。はっきりと殺気が伝わる。

 シドはシドで殺気を感じていた。それは前に立つ敵からではなくあの影からだ。その殺気も徐々に大きくなっている。だが、先に前の敵をやらなければ、やられる。

 しかし、熟練の機体三体が相手では防戦一方。ビームバリアなんかはさっきの爆発でやられていた。どこかに突破口があるはずだ。どうしようもなくビームをよけるしかない、今のままでは─

 “来た、この感じ・・・・”

鋭い感覚がシドを貫く。腰に二本あるビームナイフをしっかりと握り締めて、その動きを起こす。

 機体が直角に曲がる!それは、相当のエースパイロットもしくはその芸当を自身もまたできる者でしか見切ることはできないだろう。

 ビームを紙一重に一体、二体と確実に仕留める。パイロットは殺したわけではないモビルスーツの核にナイフを突き刺すのだ。動けばさっきのような大爆発。さすがにペギー教徒も人質が近くにいるのに自爆はできない。

 死角には入れなかった。だからもう一体のビームがクラッシュの脚部を襲う。それ以前にシドの動きにクラッシュの反応はついていってはいなかった。限界を超えた動きは確実にクラッシュを苦しめている。とにかく脚はもう鈍い。

 逃げることはできなくなった。シドは楽しいと思う他はない。死ぬ気はもちろんないし、死ぬだろうという予感もない。つまり、勝算が、ある。

 敵はクラッシュに向けて止めのビームライフルを撃ち込もうとしている。モニターを一応見たがクラッシュにはもう武器はない。ビームはエネルギー切れ、ナイフは二本とも敵に刺さっている。ならば─

 鋭い感覚はシドを支配していた。この感覚はあのときと同じ。

 銃口ではエネルギーが充填されて、くるその瞬間。シドは考えずに体が動いた。ジャッ!上半身を捻らせて、クラッシュの後ろでナイフが突き刺さり爆発寸前のモビルスーツの腰からビームサーベルを抜き取り、上半身を逆回転させ、敵の銃口にビームサーベルを突き刺す。この間約1秒。

 ギィィンッッ!ビームサーベルが刺さると同時にビームが発射されようとするが、暴発。爆発で吹っ飛んだのはクラッシュの左腕と頭と敵の両腕。

 即座にクラッシュは右手でビームサーベルを拾い上げ、敵を胸の高さで横一文字に斬る!

 一旦、勝負は片付いた。しかし、まだあの黒い影はなくならない。

 シドはクラッシュから降りた。そして黒い気が発せられている一つの格納庫に急いだ。その間、黒い殺気はどんどん大きくなってゆく。同時に嫌な臭いがシドを包む。

 シドは走ることはせず正面の格納庫に向かった。途中、殺気は遂に最高潮を迎えた。そして、消えた。

 錆付いて重くなった扉を蹴飛ばすと、音を立てて開く。バンッ!

「うっ・・・・」

それは血の臭い。それは血の海だったから。真っ赤な。靴が血液を弾く音を聞きながら。中には人はいなかった。

 人質はどうしたと思っていると、人の声。

「遅かったじゃないか、シド」

「貴様・・・・デュイグ・・・」

 この男、あの殺気の正体か?

「お前が・・・・・」

「落ち着けよ。俺が来たときにはもうこの有様だ。人質はもう他の場所に移されたみたいだな。敵のモビルスーツももうない、な」

デュイグはしゃがんで床の血を指で擦った。その温かさからまだ新しいものだとわかる。

 「他の場所か・・・。クク・・・・」

そう言ったのはデュイグなのだが、その言葉に対してまたデュイグが笑う。

 「どういうことだ・・・・」

「クカカカ・・・・。無能な男とは言わないが・・・・」

 タブルは椅子に縛り付けられていた。リュー大佐は通信兵に命令してそうしたのだ。タブルは生命の危険をリアルに感じていた。が、その一方でなぜ自分がこのような状況におかれているのか理解できずにいた。

「大佐、何を・・・・?」

リュー大佐の指の動き一つで通信兵達は機敏に動いた。瞬時にコンピュータに取り付いて何かを入力し始めた。

「タブル君、よくロサンゼルスから来てくれた。もうこの中継所は後五分で吹き飛ぶ、何も掛けてやれる言葉はないよ」

「どういうッ・・・」

あがいてみたが、どうにもこの縄ははずれるものではない。

 兵士達は先に出て行った。大佐は目を閉じて、胸に手をあて何やら呟いている。その後出て行った。

 「くそったれ!」

爆発まで四分四十二秒。

 シドが全てを理解したのは、血だった。死体は上にあった。格納庫の上に吊るされていた。その血はその死体から滴る血。

 シドはこの血と死体を発見した瞬間に全てを理解した。そして一瞬にして格納庫を飛び出した。

 通信機に声を通す。

「タブルッ、おい聞こえるか?人質はもう死んでる!俺達ははめられたんだ。すぐに格納庫にあったモビルスーツを起動させるんだ!」

返ってきた声はとても弱い。

「大佐が・・・。ば、爆弾だ・・・・もう残り三分半しかない・・・!」

「何のことだ?・・・そういうことか・・・。爆弾はどこにある?」

「わからないんだよ?ここから見えるのはタイマーだけで・・・」

「動けるのか?」

「少し・・・」

「じゃあ這いつくばってでも後ろの部屋まで下がってろ!」

「わ、わかった!」

 タブルは動く限りの体を命一杯動かして、まずは椅子を倒した。そして後ろの部屋の機材の影まで約十メートル。体中から汗が噴出す不快感の中で必死にもがいた。後、三分。

 シドは全力で走って、やっと街から抜け出した。森に飛び込むとタブルの待つ格納庫を迂回するような進路をとった。

 もうシャツはびしょ濡れだった。この任務が終わったら替えを手に入れようと思う。

 シドは探しているのだ。

“弾道からすると、この辺りのはず・・・・”

 木々の合間を縫ってシドはそれを探した。

 そしてタブルの緊張も限界に近かった。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

呼吸はしているものの吸うタイミングがおかしくなる。そのせいか頭がぼやけてきた。

「あ・・・後、一分・・・・・」

かすれた声をシドは聞くことができた。今更、格納庫で爆発の前にタブルを直接救出することはまず不可能。だが、シドには確固たる勝算があった。

爆弾以上に大きな力がたった今働いていることを知ったシドにとって、こんなことは単なる通過点に過ぎない。

一瞬、後ろを振り向いてみたがデュイグはついて来ていなかった。

 そして遂に、見つけた!それはあった。

“動かせるか・・・・”

 気絶寸前、口の中は渇ききっていた。タブルは朦朧とする意識の中でタイマーを見つめていた。三十秒を切ったタイマーは確実に己の寿命を知らせている。

「ま、だか・・・・・シ、ド」

 ドンッ!ドンッ!ドンッ!爆発音ではない。

 次の瞬間、タブルは自分の顔に冷たさを感じた。これは、水!?

ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!次々と加えられる攻撃は格納庫を崩壊させていた。タブルは目を開けることすらできない。

タイマーが0になる。

轟音!それはタブルの全身に響き渡り、爆風が運んだクズが全身に飛び込んできた。だが無事。生きている!

爆発する直前、シドは森の中からあの『水鉄砲』で格納庫を狙撃した。圧縮された水の弾丸は爆弾もろとも格納庫を吹っ飛ばし、爆発時の火炎を消したのである。もちろんタブルにわかるのは自分が生きていることだけである。

シドが縄を解いた。

「シド、どうなってるんだ?大佐がいきなり俺を縛り付けて・・・」

「人質はもう既に死んでいた。なぜ信号が発せられていたかは何か細工をしたんだろうが今となってはどうでもいい」

「どういう・・・」

「ここは俺達をおびき寄せる囮だったんだ。俺達をロスから遠ざけるための。あのリューとかいう男、あいつは敵だ。本当に連邦軍なのかペギー教徒なのかはわからんがな。俺はこれから後ろにあるモビルスーツでロスに戻る。お前はエレカで来い。デュイグ・アサツ、奴は何か知っているはずだ・・・・・・」

「デュイグ隊長のことか?」

「知っているのか?それはまた今度だ。すぐに出るぞ」

 シドとタブルはそれぞれに乗り込んだ。

 暗い場所だ。恐怖、それは未知。未知とは恐怖。だが知らないということは幸福であるともいえる。恐怖と幸福は表裏一体なのだ。

 その男の顔は見えなかった。

「赤髪・・・・?」

デュイグは暗闇に向かって言った。

「違う・・、部下とでも言うのかな・・・・。彼は優秀だよ、君よりね・・・・」

「気づいたところでもう遅い。それより・・・・約束のものを」

「君のほうが手に入れやすいと思っていたんだが」

「外側からのほうが見やすいこともあるのさ」

「なぜ連邦軍などに縛られる?」

「私は連邦軍など興味はない・・・。私の望みは、世界を創ることだ」

「フフ・・・。しかし驚いた。こっちも選りすぐりを用意したんだよ。こうもあっさりとやられるとはね」

「クラッシュ、あれを壊しただけでも大したものだよ。彼は私より優秀だ、そして君よりも・・・・・」

「ククク・・・・。持って行きたまえ。確かに用意した」

「確かに・・・・・・・」

 シドの予想通り、ロスへ向かっているモビルスーツ隊をロサンゼルス基地は確認していた。しかし主力部隊は北方のペギー軍の討伐で出ていて、残っているのは一部の重役と新兵だけだった。

 「ようし、遂に俺の力を見せるときが来たようだな・・・・!」

真新しい連邦軍の制服に身を包んだ少年は言った。

「何を言ってるんだジェノバ!さっさとモビルスーツの整備と発進準備に取り掛かれ!」

「わかりやしたよウスリー中尉。おい、行くぞヤレン」

「ああ」

 北アメリカ大陸で最も熱い場所はロサンゼルになるだろう。

 敵モビルスーツ隊、ロサンゼルス到着まで残り十六分。

 

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