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外伝 ペギー戦争
第五章 夜の街

 頃は風が吹きすさむ、寂れた街だ。女達は日に違う男を受け入れる。男達は酒に、暴力に溺れる。大通りの一つ裏にはネオンで輝く虚実で塗り固められたパラダイスがあった。
 この鼻を突く、酒やゴミそして嘔吐物の臭いの中にシドはいた。やはりTシャツにジーンズ姿で。横目には喧嘩をしている中年を、また横目には酔いつぶれている中年を。
 当てがある訳ではなかった。そんな風にふらふらしていると街の中に一軒の古ぼけた酒場を見つけ、その木製の扉を押し開けた。
 中は騒がしいものだ。一人で飲む者、大勢で騒ぐ者。シドは入り口の正面のカウンターに腰掛けた。
「いらっしゃい、注文は?」
バーテンダーが言った。
「何でもいい、冷たいものをくれ」
「かしこまりました・・・」
 シドは考えた。これからどうするか。研究所から持ち出した大きな手掛かり、あのノートだ。二回ほど目を通したが大半は数字や数式やらの羅列で何のことかわからなかった。が、最後の六ページ分に日記がつけられていた。それにはシドに関係することは書かれていなかったが、あの研究所にいた研究者達のリストが載っていた。まずはその一人一人を当たっていくしかないだろう。
 「お客さん、どうぞ」
そう言って、バーテンダーはシドの前にウイスキーを置いた。
「ん・・・」
手には取ったが口にはしなかった。ただその鮮やかな琥珀色が気に入った。
 「おい兄ちゃん」
隣で酒を食らっていた男だ。おもむろにシドの肩に手を回す。
「その酒、飲まねぇんならくれねぇか・・・」
すっかり酔っているその男はその言葉を言うのも大変というところだ。
「ちょ、ちょっとお客さん、迷惑だよ」
「うるせぇな!」
酔っ払いは空のグラスをカウンターの向こう側に投げつけた。シドは構わずグラスを見つめた。
「なぁ、兄ちゃんよ」
そう言って、ついに酔っ払いがシドの体に触れようとした時
「おい、お前、あっちに行け。殺すぞ」
バーテンダーは息を呑んだ。それは『殺す』といういつも聞きなれたはずの言葉が、これほどにも信憑性を持ったことはなかったからだ。本当に、殺される。酔っ払いもまたそう感じた。それは感覚でより動物的本能でわかった。
 「わ、悪かった・・・・・」
急に大人しくなった男は席を立とうとした。
「待てよ」
その声は聞こえた。
 グシャッ
そして酔っ払いの頭から真っ赤な血が噴出した。床に滴り落ち、酔っ払いは崩れた。血だらけの床に這い蹲る。
 この店では毎日酔っ払い達の喧嘩が繰り返される。だから椅子だのテーブルだのカウンターだのはとびきり頑丈なものを置いてある。喧嘩は些細な口げんかで終わることもあれば、いっても軽い殴り合いで収拾が付く。だが今日は違った。
 シドは一歩たりとも動いてはいない。虫の息の酔っ払いの後で血塗られた椅子を握り締めた男が立っていた。
「お前だろ、一目でわかった」
そして酔っ払いが座っていた席に座った。
「俺がわかるかい」
シドはその目をグラスから男に移した。その男は筋肉質な体つきに短髪、その色は目と同じ茶色だった。
「さっきの・・・・生きてたのか」
「俺は死なねぇよ、お前を殺すまではな」
「なぜ俺を殺そうと?」
「お前は俺より強いからだ」
 人が一人倒れたくらいでは周りには何の影響もないし、誰もそのことに気づいていなかった。いつものようにバカ騒ぎしているホール。いつもなら心地いい雑音だが今日はだめだった。
「うるせぇんだよ」
男は立ち上がり振り向いた。そして倒れている酔っ払いを踏みつけて腰の拳銃を抜いた。
 冷たい銃を構えた男はまず正面の中年夫婦を撃った。
「うぐぁあ!」
その瞬間銃声と共に人々の叫び声が共鳴した。銃声は続きホールは血に染まっていった。
「ぎゃうっ!」
「あがぁ!」
「助けて・・・!」
 人々は窓から出入り口から、逃げていった。そして残ったのはシド、そしてこの男と倒れている酔っ払い。
「静かになった。おっと倒れてたのか」
酔っ払いには、頭に四発、体に八発の銃弾を浴びせた。酔っ払いは見るに耐えない、肉塊になり果て、完全に息の根が止まった。
 シドはまたグラスを見つめていた。まるで周りで何が起こったかわかっていないようだった。
 グラスをカウンターに置いてシドは男と向かい合った。
「紹介が遅れたな、俺はラウド・ロウ。お前は」
「シド・ヴァイスだ。随分派手にやったな、俺に何の用だ」
「静かになったんだ、こっちに来いよ」
ラウドは死体やらガラス片を足でよけてホールの中央のテーブルの椅子に腰を掛けた。シドもラウドと向かい合うように座った。
 「何の用だ」
「忠告に、そして隙あらば殺しに」
ラウドの右手はテーブルの下で拳銃を握っていた。いつでもシドを撃つことができた。
「忠告?」
「俺はお前と戦い、そして倒したい」
「何が言いたい」
「こんなところでお前に死んで欲しくはない。つまりだ、今から三十分後この街にペギー教の奴らがまた襲撃に来る。お前はこんなくだらないことで死ぬな、逃げるでもして、俺とまた会おう。その時は確かに殺す。バカな真似をすると今殺す」
 ふうと一息、シドは言う。
「お前は言ったことには二つ間違いがある。一つ目はたとえ敵が来ようと俺は死なない、そして二つ目はお前に今俺を殺すことは不可能だ」
「もっと賢い男だと思ったが。やってみようか?」
ラウドの右手の人差し指に徐々に力が込められていく。
「たとえばこれ・・・・」
シドはそう言って前に座っていた客が使っていたのだろう、ナイフを手に取った。それはステーキなんかを切るナイフだから刃などはついていない。だが、次の瞬間ラウドの左耳はテーブルの上にあった。
「!」
鋭い痛みがラウドの体を走る。
 「この・・・・」
ラウドが拳銃を撃とうとしたその瞬間シドはテーブルを蹴り上げ、ラウドの右手ごと拳銃を掴んだ。
「だから言ったろ」
そのまま拳銃をもぎ取ると、カウンターの向こうに放り投げた。ラウドの耳からは血が流れ続けていた。
 「嬉しいね、これが、この痛みがまた俺を強くする」
ラウドは笑い、顎にまで垂れてきた血を拭った。
 ウゥーッ、ウゥーッ。その時だった。警報のサイレンが鳴り響いた。このサイレンは大人達の快楽の時を終わらせた。
「おっと・・・・来たか。予定より随分と早いな。行った方がいいんじゃないか?」
そのラウドの言葉の後、シドは出口に向かいながら言った。
「俺はこれから、邪魔する蚊とんぼ共を落としてくる。お前とは決着をつけなければならないと俺も思ってる。それまでお前も死ぬなよ」
そしてシドは闇に消えた。
 シドの姿が見えるか見えないかギリギリの瞬間ラウドはシドの背中に言った。
「そうだ、お前の背中に気をつけろ。全部言っちゃつまらんからな」
その声がシドに届いたかは定かではない。
 敵機は六機だった。上空からこの街に迫っていた。兵士達の目にも美しいネオンの光が見えた。が、それも全て破壊せよとの命令だ。
 六機は、等間隔にフォーメーションを取りながら進行していた。正面から単に攻撃を仕掛けることだけだ。ペギー教の信者は死を恐れない、それは死なないからだ。体が死すともペギーの力により何度でもこの世に蘇ることができるという。事実そのような奇跡をペギーが起こすのを目や耳にした信者は多数いる。ペギーは花の化身として我々人間の形で光臨した救世主だと非現実を信者達は本気で信じていた。
 シドはと言うと格納庫とは全く逆の方向に向かっていた。
 この地方は乾燥地帯だった。ゆえに絶対に雨水などの水分は逃してはならない。貯水タンクは街外れに数十基設置されていた。
 そしてついに作戦は開始された。六機のバンダの群れはまずさっきからのネオンサイン、歓楽街を焼き払った。その熱光線はネオンサインとは合間見えることはなく、互いにショートし人々は蒸発した。
 タブル達も臨戦態勢に突入していた。
「またかよ、シドはっ」
備え付けのレーダーで敵機の数を確認したア・ダッチは叫んでいた。
 クラッシュの整備はほぼ終わっていた。足はまだ痛むがなるべく考えないようにしていた。タブルは急いでア・ダッチの元に戻り、状況を確認した。
 その後も攻撃は続いたが、連邦軍は奇襲に不意をつかれ何の抵抗もできずなすがままにされた。タブルとアダッチは格納庫の地下で身を潜めていた。幸い、彼らの格納庫には爆撃はなく、クラッシュもラモーンズも無事だったが、この夜とうとうシドは帰って来なかった。
 夜は明け、街は廃墟と化した。荒廃した街並みに、生き残った人々の泣き声が溶け込んでいた。
 ア・ダッチとタブルは基地から画像を回してもらい街の現状を一つ一つ噛み締めていった。すると、一つのことに気づいた。
「・・・・酷いな・・・・この街も終わりか」
「くそっ、シドの奴は何をやってたんだ」
「彼一人を責めることはできん。これが連邦軍の怠惰の証拠だろう?」
「・・・・」
タブルは言い返すことはできなかった。
「・・・む、ここは・・」
「何か?」
ア・ダッチは街の一角が映し出だされたモニターに指を指して言った。
「ここの貯水プラントは無事だ」
「奴らもこの街を占領する上で水が重要と・・・」
「いや、奴らの目的はこの街の占領というよりは、単に荒野に変えることだろう。とすれば生命線を奪うためにはこの貯水プラントの破壊は必須・・・・」
「何かある、と?」
 水の横と言うのか、地下であることだけは確かだ。そこは薄暗く、奥へ一本道が繋がっていた。その道を一歩、また一歩とシドは歩いていた。錆の臭いと一緒に奥へ向かって。
 奥に辿り着くと大きな、鉄でできた扉が聳え立つ。シドは思い切りレバーを九十度回転させながら、この中にいる男の心の中を覗いた気分になっていった。
 鈍い音と共に扉は割れた。中は暑くもなく寒くもない、ただ決して快適とは思えない空気が漂っていた。
 「お前が、この街を・・・・」
シドのその言葉を聴いて、部屋の奥のゆったりとした黒革椅子に腰を掛けた男が椅子を回転させてシドと正対した。その目はとても落ち着いていた。
「そう、私だ」
その男は紛れもない、ポンコ・ココその人だった。
「シド君、私は驚いているんだよ。まさか君がここまで来るとはね・・・・。予想以上だよ、全く」
「お前もペギー教信者なのか」
「正確には違うが、そういうことだ。私は疲れた・・・。日々頭がおかしくなっていくのがわかる。私は怖いんだよ、今この世は不安だらけだ。人は皆自分がかわいいんだ、小さい人間と思うわないでくれ。そうだろう?寂しい考え方かな、君には分かるだろう」
「この街もお前の不安の一つだったのか。だから、自ら戦闘体制の整っていないときに敵を仕向けさせた。裏でペギー教徒と繋がって」
「そういうことだ。この街は遅かれ早かれ消滅させる予定だった。私は怖い、静かに眠りたかった」
そう言ってココは目を閉じた。シドは言った。
「この街で何が起きようと俺には関係ない。だがな、お前は俺にとって邪魔だ、死んでもらう」
「お前ほどの力を持ち、お前は何を欲す?」
「俺は俺を知りたい、そして俺が生まれた意味そして生きる意味を」
「喋りすぎた、終わらせよう」
 そう言ってココが腰の拳銃に手を掛けた瞬間、既にココの首の骨はシドの蹴りによって折られていた。痛みはなかった、感じる前に感じなくなったからだ。
ココの死と同時に部屋の中にはサイレンが響き渡った。

『爆発まで、残り十分・・・・・』
「ち、急ぐか・・・・」
シドはカードキーをココの後のコンピュータから抜き取り、振り向いて出口へ走った。
 その頃、ラウドは出撃の準備に取り掛かっていた。
 夜は明けたばかりだ。

 

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