> BOOK_M.GIF - 768BYTES機動戦士ガンダム 〜NO WHERE MAN〜
外伝 ペギー戦争
第二章 初陣

>夜はジープのなかで明けた。あれから一つも会話がなかった訳ではない。助手席の男の名はコール・ビス。連邦軍兵士、階級は伍長だ。彼は笑顔絶やさない明るい男だ。隣で静かにジープを走らせるこの男の名はフィール・メルティ。フィールは腕毛が濃い。
 そしてこの男、シド・ヴァイス。この名は本来この男のものではない。この男が殺した男の名だ。それからとったのだ。
 「アンタ・・・シドっていったか。アンタ歳はいくつだ?顔からすれば・・・二十・・・いや、十六ぐらいにも見えるな・・・・どうなんだい?」
新しい煙草に火をつけて、コールは言った。コールがシドの歳がわからないようにシド自身にもわからなかった。記憶はよみがえらない。
 考えてみれば、シドは自分の顔さえ見たことがなかった。身長は百七十五センチメートルぐらいか。体は標準に少し筋肉がついたぐらいか。一番の特徴はそんなことではなかった。シドの頭髪は全て白いのだ。しらがではなく。さっき頭をかきむしった時に初めて気づいた。
 その時、ジープに衝撃が走った。車体が大きく揺れシドはとっさに受身をとった。
「やつら、無茶しやがる!おいフィール!構うこたねぇ!スピード上げろ!突っ切るぞ!」
コールが怒鳴り声を上げた。フィールは右足に力を込めてアクセルを踏んだ。ジープは加速し道を急いだ。爆撃の揺れはしばらく後ろから聞こえていた。そしてジープは荒野を抜けて峠を上っていった。峠の周りには森が広がり戦争とは無関係な緑が生きていた。
 峠をぬけた頃には爆撃はやんでいた。すると、遠くに街が見えてきた。
「ほら、あれが俺たちの街だ。基地もあそこだ。」
コールがそう言うと、無線が入った。フィールが無線をとった。
「基地に戻り次第、各機、敵を迎撃せよ!繰り返す・・・・」
「ビールはお預けのようだぜ・・・おいしっかりつかまってろよ」
そう言ってフィールはさらにスピードを上げた。

 街を通り抜け、ジープは連邦軍の基地と思われる場所の前に止まった。コールとフィールの二人は急いでジープを降りて走り出し、顔だけこちらに向けてコールが言った。
「俺たちはやんなきゃなんねぇことがあるから・・・お前は基地の中で事情を話しとけ!」
そして二人は行ってしまった。
 シドはジープを降りて歩き出した。空を見ると数機の戦闘機が街の向こうへ飛んでいくのが見えた。シドは基地の正面にはまわらず裏へと足を進めた。途中、制服を着た兵士が走ってすれ違ったが部外者には全く気づかない。基地の敷地は思った以上に広かった、奥地に行くと壁に地図が掛けてあるのをシドは見つけた。
 赤い点である現在地に指をおいてその横を見ると『第十三格納庫』とあった。大きな搬入用のシャッターの横のドアの前には一人、兵士が立っていた。シドはその兵士の前まで歩いて行った。その兵士はシドを見てもやはり何も言わなかった。しかしシドが真正面、それも目の前に正対するとついに口を開いた。
「何だ貴様、用のないものは立ち去れ。避難するんだよ。」
後ろにしっかりと手を組んで仁王立ちの兵士は力を込めてシドに言った。
「用はある」
シドは冷静に言った。
「何だと?それじゃあ許可証を見せろ」
「そんなものはない」
「それならば通せん。去れ」
兵士は力を込め、低く言い放った。しかし
「どけ。俺が用があるのはお前じゃない。この中だ」
そのシドの凍りついたような目に言われ、兵士は一瞬たじろいだ。しかし兵士も通す訳にはいかなかった。
「おかしなことを言う奴だ。ここに入りたかっ・・・・」
しゃべり終わる前に兵士の右の奥歯が折れた。シドが兵士に右手の裏拳を叩き付けたからだ。
「き、貴様ァ!」
叫んだ兵士は拳を固めシドに向かって突進した。シドは向かってくる兵士を横目に見て言った。
「元々無事に入ろうとは思っちゃいない」
その言葉の二秒後今度は兵士の前歯が二本飛んだ。口から血が止まらない。
「無事で済まないのはお前だがな」
そう言ってシドはドアに近づいたが開かなかった。
「ウッ・・・・ハァ・・・無駄だそこの扉はカードキーがなければ開かん。貴様何者か知らんがもう文句は言えんぞ・・・」
兵士は腰のホルスターから銃を抜こうとした。連邦軍の正規品である。兵士の右手が銃に触れた瞬間すでに兵士は死んでいた。シドが放った銃弾が正確に兵士の眉間をとらえたからだ。そのまま兵士はあお向けになりその場に倒れた。シドは兵士の内ポケットからカードキーを取り出して兵士に言った。
「借りとくよ」
 カードキーを使って『第十三格納庫』に入るとまず目の前に階段があった。鉄でできた冷たいものだった。シドは一段また一段と静かに上った。上りきると二体のモビルスーツがシドを迎えた。階段を上りきって出てきた場所は二階の高さでその通路がモビルスーツを囲んで格納庫の壁づたいにある。この高さからはモビルスーツの上半身から上が見える。
 この二体、恐らく二体とも同じモビルスーツだ。この一対に自分は呼ばれたとシドは確信した。その時
 ガシャン!

 ガラスの割れる音だ。気づかなかったが通路の向こうにドアがある。その奥から音が聞こえた。気がつくとシドはそのドアの前にいた。何の恐怖もなくドアを開けると中には無精ひげで顔をいっぱいにした男が酒を飲んでいた。床には酒のビンの破片が散らばっている。さっきの音はこのビンの割れる音だろう。男の顔は赤かったがその眼だけは鋭かった。そしてその眼は部外者であるシドに向けられた。
「・・・・誰だ?お前」
そう言ってまたグイと酒を飲んだ。
「誰かはわからない。俺にも」
「なんだそりゃあ?フン・・・おかしなやつだ・・・何の用だ?見たところ・・・連邦兵じゃねぇな・・」
「あのモビルスーツのハッチを開けろ。俺が出る」
そのシドの突然すぎる言葉に言葉を失った。そしてやっと五秒後に言った。
「頭おかしいのか?お前、悪いこたぁ言わねぇ、帰りな」
「いいから開けろ」
「だから何度言わせん・・・・」
怒鳴ろうとしたその時、男はシドと目が重なった。殺される。男はこの感情と恐怖を生まれて初めてリアルに実感した。
「わ・・・わかったよ・・一つ聞かせてくれ、アンタ何者だ?」
「シド・ヴァイスだ。早く開けろ」
「シド、ついて来な」
 男は千鳥足のままシドをモビルスーツの前に連れた。そしてモビルスーツを足元から頭の先まで見た。
「ほい、こいつがこれを起動させるパスワードだ。ハッチもこれで開く」
そう言って男はシドに紙切れを一枚わたした。『SAMURAI』と紙には書いてある。ハッチの横にはボタンがある。そのボタンを押すと装甲がノート一枚分ほど浮き上がり横にずれた。装甲がずれたそこにはAからZまでのパスワードを打てるキーがあった。シドはそれにその七文字を正確に打ち込んだ。
 五秒後、シドはコックピットの中にいた。記憶のない男はもちろんモビルスーツの操縦もできる訳がない。しかしそんなこともシドにとってはどうでもいいことなのだ。すると三百六十度全景モニターの正面左上にウィンドウがあらわれその向こうにはさっきの酔っ払いがいた。
「シドよ・・・お前はパイロットじゃねぇな。俺が横でサポートしてやる。まずこの機体の名は『クラッシュ』!装備はビームライフルが一丁、ショートビームサーベルが一本だ。悪いな整備中だったもんでよぉ。何がしてぇのかよくわからねぇけど、とりあえず行って来い!」
そう言うとウィンドウは閉じた。初めて見る計器類、初めて見るモニター、そして初めて握った操縦桿。シドは歓喜した。操縦方法はわかった。それと同時に自分にはこの場所に生きる場所があると思った。
 クラッシュの頭上に一閃の光がのびて暗い第十三格納庫に光が差し込んだ。そしてクラッシュは裂けた天井を抜けてまだ見ぬ戦場へ飛び出した。
 
 「せ・・・先輩・・・僕、やっぱり怖いです」
この少年兵はこのミッションが初陣だった。先ほど、連邦軍の戦闘機が数機出撃したのはこの少年兵のいる小隊の進軍を止める為である。小隊の隊員はこの少年兵を含めて五人、つまり五機のモビルスーツ隊である。小隊はさっきシドたちが通った峠まで来ていた。木々を踏み潰しながら確実に街へ、連邦軍基地へと向かっていた。順調にいけばあと三十分もすれば街にはいるだろう距離だ。
「お前はこれが初陣か?なに・・安心しろ我らがペギー様が守ってくれるさ」
先頭を行く一番年長の者が言った。五機のモビルスーツは足が四本、腕が二本ついていたが首がなかった。その姿はまるでケンタウロス。首がないことは機体の防御力を高めた。そしてその両手でしっかりと実弾用のマシンガンと腰には一本のヒートナイフが装備されていた。 
 クラッシュとシドはというと慣れないモビルスーツの操縦に苦しみながらも確実に五機の敵に近づいていた。
「妙だ・・・さっき基地から飛んでいった戦闘機たちはどうなったのだろう・・・?」
レーダーには前方の五機はうつし出されているが、戦闘機の機影はなかった。それは奴らにかたずけられたからだ。
 シドはジグザグに街の上空を抜け、敵へ。スコープの倍率を上げるとその五機がはっきり見えた。スピードを落として地に降り立った。そして仁王立ち。奴らを待ち構えるつもりだ。
 「フフ・・・・街だぜ」
先頭が街を確認したのと同時に
「兄貴、何かいるよ」
二番目は眼を細めて前方を見据えた。
「何?そんなものが?・・・・うぅむ・・・」
その男は目が悪かったのだろう。それは命取りだった。
「そんなのいるかぁ?」
コックピットから二番目に振り返って話しかけた二秒後、その男は死んだ。
「兄貴!前だ!」
シドだった。クラッシュはそのショートビームサーベルで先頭を一刀両断した。
「順に死ね」
「こ、こいつ!」
言葉は無用だ。無論、その二番目もその言葉を最後に殺された。この男普通じゃない。そう思った残り三機は合図はなかったが通じ合い三方に散った。一度体勢を立て直したのだ。しかし無意味。
「おい、二体で同時射撃だよ!」
敵の二体のマシンガンは同時に火を吹いた。男たちがトリガーに指を掛けた時、違和感があった。
 グンッッッ!
思い切りマシンガンが引っ張られた。クラッシュはすでに男の間合いに、それはシドの間合いだ。機体の正面に直接ビームを刺し込まれた敵は爆発し爆死した。
 同時攻撃を仕掛けようとしていたもう一方の機体はあっけにとられているうちに死んだ。それはさっきの機体が爆発した直後クラッシュのライフルの背面撃ちに捕らえられていたからだ。
 四機のモビルスーツが1分かからず消滅した。残り一機。
「さてと・・・・貴様がどうあがいても俺に勝てないことはわかるな・・・?」
「あぁぁ・・・」
最後の一機に乗っていたのは今回が初陣の少年だった。シドは相手に殺気がないことに気づき近づいた。そして相手の機体にクラッシュの頭部をつけた。『お肌の触れ合い会話』だ。
「お前、初陣か?」
「あぁぁぁ・・・・・」
「俺もだよ」
「ペギー様・・・・どうか私をお守りください・・・・」
「・・・・?」
シドは敵を突き放して、無感情にビームを放った。その閃光は機体を貫き、少年は一瞬にして蒸発した。
「ペギー・・・?」
今はわからないが、いずれわかる時がくると思った。こうしてシドは初陣を飾り、第十三格納庫へと戻った。 
 この男、シド・ヴァイスが敗れる姿が見えない。

 

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