> 機動戦士ガンダム 〜NO WHERE MAN〜
第七章 旅立ち
車は瓦礫の上を走っていた。窓からは人の姿を見ることはできなかった。
火はもうほとんど消えていた。というより燃やすものがなくなったのだった。そのことを喜んでいいのか悲しむのか、そんなことはサブロウにとってはどうでもいい。ここはいつもの街であって、いつもの街ではない。死体もいくつか転がっていたが、もう気にならなくなっていた。
運転席にいるオギュー・ワギューという男は黙って車を走らせる。そしてトリノが訊ねた。
「オギュー・・・さん・・・?助けてくれてありがとう」
「礼はいい。たまたまあそこを通りかかったんだ」
オギューは前を見ながら答えた。
「連邦の制服・・・だよね?あの・・・軍の?」
間髪いれずオギューは答える。サブロウはもっとこのオギューという男を知りたかった。自分たちは本当に助けてもらったのか、それとも誘拐されたのか。とにかく確かな安心が欲しかった。
「そうだ、俺は連邦軍人・・・・。階級は軍曹だ」
軍人の癖なのか階級まで言った。
トリノは助手席、サブロウとソフィアは後部座席に並んで座った。周りの通信機器のせいで少し狭いのだ。
「お前たち、あそこで何を?既に避難命令は出ていた」
「一度、家に戻ろうとしたのさ・・・。それに俺はトリノだ。お前じゃない」
「そっちの二人は?」
「サブロウにソフィア、二人ともクラスメイト」
サブロウは前の会話を聞き流しながら遠くをぼんやり見ていた。街の風景はとても殺伐としている。自分の心にも反映していると思った。
「サブロウ・・・?」
「ん・・・・」
サブロウはソフィアに軽く笑って見せた。しかしソフィアは笑い返さない。
「とりあえず連邦軍の基地でお前らの身柄を確保する。もうこの街は一面荒野だからな」
「確保って・・・・」
その言葉にソフィアは不安な気色を見せる。
「いや、なに・・・・。落ち着くまで基地にいてくれたらいい。それだけだ」
悪い人間ではないようだと思えてきた三人だったが、完全ではない。
そして、トリノは勝手にラジオのスイッチを入れた。ひどい雑音がゆっくりと言葉になる。
「・・・・・・・ですが・・・・・った・・・をお伝え・・す。今朝八時十五分ごろからこの街を襲ったテロの主犯格と思われる男の犯行声明が今放送されました。その一部を・・・・」
オギュー軍曹の顔に緊張が走る。
「・・・・聞こえるだろうか・・・地球人類の諸君、そしてコロニーの民よ。我々は決してテロリストなどではない・・・。我々は宇宙暦以来腐敗し続ける地球連邦政府を淘汰する為に立ち上がった志士である!我々をテロリストなどと呼ぶならそれもいい、が、いつの時代も革命を起こし世界を変えたのは体制からテロリストと呼ばれたものだ。それは歴史が証明している!
今日、我々の怒りは限界を過ぎた。連邦政府が最も無駄にしたもの、それは時だ!二百年、二百年だ!我々は幾千の夜を越え、幾千の夢を見た!しかしそのことごとくが、地球から腰を上げない者達に奪われた。地球連邦政府が我々に与えた最も重要なものは何だろうか?それは自由と平等である!人類は宇宙という無限の大地を手に入れてなお、偽りの自由と平等に縛られなくてはならないのだろうか?違う!
諸君、諸君!我々は自由なのだ!共に連邦政府を倒そう!今、この地球のどこに神がいるのか?神ならば全宇宙を見据えているはずである!
我々は断固たる態度で連邦政府に挑戦するつもりだ!単なる戦争などという無粋な言葉で片付けてはならない、これは聖戦なのだ!諸君たちの中にも同志がいるだろう。我々が求めているのは諸君らの力や富ではない!諸君らの精神と意思がこの聖戦には必要なのだ!我々は諸君らと自由と平等の味方なのだ!連邦に従うことなどない、従わずに殺されるなどということがあるならば、そのとき連邦政府は全てを失うこととなろう!
共に戦おう、共に!義は我々にあるのだ!偽りと欺瞞に満ちたこの世界を変えるとき、それは今なのだ!全人類が一つになったとき・・・・・」
「・・・このようにテロリストは表明しており、これについて連邦政府は・・・・」
ラジオはオギュー軍曹によって消された。車の中にいる全員がこのラジオ放送を聴いていたが本当の意味で理解できたのはオギュー軍曹もなかったかもしれない・・・。
「やべぇよ・・・・」
トリノが呟く。やばい、確かにそうなのだろう。しかし、戦争など受け止められるサブロウではなかった。
その後、車の中に会話はなくなった。
“聖戦・・・、ならばなぜ連邦軍人以外の民間人を爆撃なんか・・・”
サブロウが思っている内に車は止まった。
「さ、お前ら、着いたぞ。ここが連邦軍の基地だ。案内する」
三人は車を降り、オギュー軍曹の後についた。
基地というだけにあまり爆撃の被害はないように思えた。
涼やかな秋の風がサブロウの頬に吹いた。隣のソフィアの青い髪が陽に照らされきらきらと揺れた。サブロウが綺麗なものだと思っていると、不意に兵士が一人四人の前に飛び出した。
「軍曹!大変です!侵入者が人質をとって長官室に立てこもって・・・・!」
「何だと・・・!人質は?」
「・・・・ウスリー中佐です」
「・・・・・・・・。行くぞ!お前らはそこの正面玄関から中央ホールで待っているんだ!いいな?」
その返事を聞かない内にオギュー軍曹は兵士と走って行ってしまった。
「中央ホール、だってよ」
「行こっか」
サブロウも黙って二人に続いた。
基地に侵入者が入って、軍人が人質になるなんて・・・・。サブロウは自分の中の軍人を引っ張ってきてみたが大した意味をなさなかった。
基地の中は静かだった。入ってまず大きな基地内の見取り図が目につく。トリノは指でなぞって中央ホールを探した。
歩いているときもサブロウはうつむいていた。もう気にしないようにしているつもりなのだが・・・・・。
「ここだと思うけど・・・」
トリノの足が扉の前で止まった。そして近づくと自動で扉は開く。
「凄ェ!ジップだ。あっちにはエンデューロもあるよ!」
「トリノはこういうのが本当に好きだね。これはみんな、人殺しをする乗り物なのに」
ソフィアが少し皮肉を込めて言った。
「女にはわかんねぇよ」
「関係ないよ」
「ここは中央ホールじゃないな」
サブロウが言う。
「見りゃわかるよ。それより、ちょっと乗ってみないか?」
トリノが嬉しそうに言った。
「ダメだろ」
「いいじゃねぇか、ちょっとぐらい」
「待って、あそこに誰かいる・・・・!」
そう言ったソフィアは確かに向こうの戦闘機の影にいる男の姿を見た。
「どこ?」
「あの・・・あれ?いない・・・・?」
「何なんだよ」
「おかしいな・・・確かにあそこに人が立ってたんだから・・・。その人、こっちを見ながら笑ってたの。気味が悪い」
サブロウは振り向いてもう歩き出していた。
「行こう、ここじゃないんだし」
サブロウが正面に向きなおすとそこには男が立っていた。
「子供がこんな所で何やってんだ。ほら、出た出た」
三人は男に言われドアから出た。男も一緒に出て来た。
「お前ら誰だよ?この基地で何やってるんだ?」
男の質問にサブロウが答えた。
「あ、僕達街でオギューさんに保護されて、今中央ホールに行こうとしてたら、その部屋に入ったんです」
「ふぅん、そうか、オギューにね。俺は管理人だ。中央ホールまで案内してやるよ」
管理人についていくときもサブロウの心は何か寒々としたもので包まれていた。
そして中央ホールに着いた。
「ここだ」
中に入ると管理人が中にいる兵士達に三人を紹介してくれた。
「おい、みんな聞いてくれ。この三人は、街の爆撃の中保護された子供だ。仲良く・・・・」
兵士達はそれどころではないらしい。
兵士達は一点に集まっていた。そこの中央ではモニターが何やら映し出していた。
「ウヒャヒャヒャヒャッ!」
そのとき、兵士達の中から下品な笑い声が上がった。三人はこの場違いな声に一瞬身を引いた。
「!」
「何・・・・」
「中佐何やってんだよ・・・・軽くビビッてんじゃん。この一大事によぉ、ウヒャヒャヒャッ!あぁ、面白ぇ」
深刻な面持ちでモニターを見守る兵士の中心で男は笑っていた。
その男はともかく、皆集中しているので管理人は反応しないことがわかるとその集団に入っていった。
「あ?子供?知らん知らん。それより見ろよ、中佐が捕まってやんの・・・・」
「中尉、子供をここで出発まで保護してもよろしいでしょうか?」
管理人は男に丁寧に言った。
「まぁ、いんじゃね?」
極めて軽く、その男は答えた。管理人および小さな訪問者達には全く興味がないようだ。
「それより、ほらこれ。中佐が捕まってんだよ。ウヒャヒャ・・・」
「ジェノバ中尉、静かにしてくださいよ。大変なことなんですから」
痺れを切らして一人の兵士が言った。
「わかったよ・・・。何、子供・・・・?」
その男、ジェノバ中尉は面倒くさそうに椅子から腰を上げた。そしてジェノバはサブロウ達へ歩み寄った。
「なんだぁ?中学生か?」
「俺達、オギューさんに・・・・」
「まぁいい、別に出発までここにいてもいいだろ。じゃあ管理人行くか」
管理人はそのジェノバの言葉に敏感だった。姿勢を正して答える。
「ハ・・・、わかってたんですね」
「まぁ、そうかな。それと別にそんな言葉遣いじゃなくていい、敬語を使わなきゃならんのは俺のほうだ」
「いえ、私は伍長、中尉は中尉ですから」
簡単な会話を終えると二人は中央ホールを出て行った。
周り、兵士達の間では緊張が張り詰めているがサブロウ達にはそれがなぜなのかもわからないし、どうでもいいことだった。兵士達はそっちに集中してやることもないので三人は近くのソファに腰を下ろした。ソファは沈み込む。
「こんな兵隊の中なんて、俺初めてだよ・・・・」
「何かやりずらいな、テレビでもつけよう」
サブロウは前にあるテーブルの上のリモコンを手に取った。そして天井から降りているテレビに電源を入れた。
徐々に明るくなる画面は、普段よりずっと画質が粗かった。画面の中では、中年の兵士が銃を持った黒ずくめ男に羽交い絞めにされていた。
「何だ・・・?」
ふと目を兵士達の一団に向けると彼らが見ているモニターにも同じ映像が映し出されていた。この基地内のテレビなんかは全てこの映像に切り替わっているらしい。
「さっき言ってた人質だよ・・・・きっと」
ソフィアが小さな声で言った。
「で?中はどうなってる?」
ジェノバは通信兵に訊いた。
「さっき見てたじゃないですか・・・・。中では銃を持った犯人にウスリー中佐が人質にとられて、手出しができません」
「部屋の中にあるガンカメラは?」
「何者かに電波妨害されてるようで・・・使えません・・・」
「狙撃兵は?」
「犯人もかなり計画的でしてこの長官室は敵からの狙撃を防ぐように死角になっていて・・・・」
「打つ手なしか・・・。要求は?」
「逃走用の戦闘機を用意することです。連邦軍の機密データが入ったディスクを持って・・・・」
「ふぅん・・・」
「でも安心してください、犯人が持っているディスクはダミーですから」
「後はどうやってウスリー中佐を救出するか・・・・・」
中央ホールでは依然として兵士達がモニターにかじりついていた。膠着状態が続く映像に変化が見られたのはそのときだった。
「おお!中尉だ、ジェノバ中尉!」
「本当だ」
「ひょっとして中佐を救出に・・・・?」
「大丈夫か」
いらぬ心配を兵士がしていると変化がもう一つ。
「見せもんじゃねぇんだよ!」
パンッ!黒ずくめの男は銃で監視カメラを撃ちぬいた。一瞬にしてモニターは真っ黒に染まる。
「大変、みたいだな」
「そうだね・・・」
トリノとソフィアはまだテレビを傍観している感覚から抜け出していない。サブロウはこの二人よりは注意を払っていた。というのもさっきのジェノバ中尉という男が気になったからだ。
多少の緊張はある。戦闘機やモビルスーツで戦うのとは訳が違う。ましてや生身では。
「まったく嫌になる・・・、外だって」
そう一人ごちたジェノバ中尉は腰の銃を確認して中に入った。
「誰だ!?」
犯人の怒鳴り声が響く。ジェノバは足を止めた。
「落ち着け、落ち着けよ・・・・。ゆっくり話しを・・・・」
「黙れェェェェ!」
犯人自身、気が気ではないらしい。正気を失いつつある犯人は迷わずジェノバに向かって発砲した。銃口が火を吹く。
「うぉ!」
唸ってジェノバは横にあった大きなデスクに身を隠す。そして息を吸い込むと己も銃を抜いた。
「おい、聞こえるか・・・・。そんなことしたってな、どうにもなんねぇぞ。馬鹿なことやめておとなしくしろ。そうすれば俺達だって何もしない・・・」
言いながら銃弾を確認した。安全装置を下ろす。
「うるせェ・・・。どうでもいいから、早く戦闘機を一機用意しろッてんだよ!こいつのドタマぶち抜くぞォォ!」
犯人は相当興奮している。説得は不可能と思う。
「ウスリー中佐め・・・、何やってんだよ」
ジェノバはデスクの影から姿を現した。両手を上げている。
「わかった・・・戦闘機は用意する。その代わり中佐を放してくれ」
犯人の銃を持つ手が震える。
「こいつを放すのは戦闘機に俺が乗り込んでからだ・・・。連邦軍は信用できんからなァァ!」
「連邦軍だって約束は守る」
「しょ、証明してみろ」
その言葉にジェノバは上げていた両手を下ろした。そして銃を手にとって見せた。
「何する気だ!?」
ジェノバはその言葉を完全に無視して六発込められるリボルバーから五発を抜いた。
「最近はこんな銃ないんだ。新しいのはもっと弾を込められるし、軽いし、それに威力だってある。光線銃みたいなのもあるって。俺は旧世紀の映画が好きでさ、これを持ってるんだ。知ってる?ロシアン・ルーレット。
ギブアンドテイクだろ。俺がこの銃で俺の頭を撃つ。確立は六分の一。俺がこの銃で覚悟を示す代わりにお前は俺達を信用して中佐を放せ。いいな?」
犯人は言い返さなかった。ただ息を飲み込むだけだった。ウスリー中佐はというと、また同じだった。しかしこちらはジェノバを信用している。
「いくぞぉ」
右手の人差し指が撃鉄に掛かる。
カチッ。まずはセーフ。
「どうだ?信用するか」
犯人は無言。ジェノバはもう一度撃鉄を─
カチッ。
もう一度─
カチッ。
もう一度─
カチッ。
「はぁ・・・・・はぁ・・・・」
息が荒くなっていたのは犯人の方だ。ここまでの覚悟を見せられては。
ここでおとなしくジェノバに従うのか、追い詰められて逆上するのか。この黒ずくめの男は後者だった。
「うぁぁあぁああ!」
切れた犯人は雄たけびを上げて、銃を振り回した。
「これじゃ、俺があそこまでやった意味がねぇじゃねぇか・・・。選択肢を与えてやったのによぉ。いや、待てよ・・・」
ジェノバは瞬時にウスリー中佐の目を見た。中佐は男に片手で捕らえられているものの、やはり軍人だけあって冷静そのものだ。
ウスリー中佐はそのジェノバの目線から何を言おうとしているのかを感じ取った。
完全に理性を失って、騒ぎ立てる男の手首、己の首に回っている手首を力強く中佐は握り締めた。
男はそのことにすら気づいていない。冷静さを欠いた人間をひれ伏させるのは簡単なことだ。一気に中佐は犯人を床に叩きつけた。もちろん受身をとることはできない。
「おお、ジュードー」
ジェノバはゆっくりと息も絶え絶えの犯人に歩み寄った。
「今度はお前が覚悟を見せる番だ」
ジェノバはためらうことなく引き金を引いた。
カチッ。
「運がいいな、お前」
そのとき、扉を蹴破って、兵士達が流れ込んできた。ウスリー中佐と犯人を取り囲むように位置した。
「俺は・・・・?」
「あ、ジェノバ中尉はもういいですよ」
「おい・・・」
人間の冷静さを奪うという意味でジェノバの狂気ともいえる行動は成功だったといえよう。そしてその隙を突いてジェノバから送られたメッセージを中佐は理解して行動に移した。これはジェノバ中尉の手柄に他ならない。
バンッ!銃声だ。一体何がと思ってジェノバが振り向いたときにはもう一発。
バンッ!その銃弾は二発とも犯人の腹部を貫通していた。
「なにしてる・・・・!」
ジェノバが兵士たちをかき分けていくと銃口から煙を上げている銃を持った兵士がいた。
犯人は瀕死の状態でその兵士に言った。
「何で・・・」
「もうデータは手に入った。お前はデータを転送するまでの時間稼ぎよ」
突然の出来事に兵士達の思考能力も機能していない。
「お前ッ・・・」
ジェノバがその兵士を押さえようとしたとき─
バンッ!再び銃声が響いた。
「おい!」
兵士の群れをかき分けるとそこにいたのは二つの死体だった。一つは犯人のもの、もう一つは犯人を撃った兵士のもの。
犯人を撃った兵士は自分の頭を撃ち抜いていた。
中央ホールの中でサブロウら三人は特にすることもなくただソファに座っているしかなかった。
サブロウの中の緊張はもう解けていた。しかしぼんやりとした暗闇は頭の中に残っている。
一応、ジェノバ中尉の働きもあって事態は治まった。しかし、それは大きな視野で見たときほんの微々たるものだった。
会議室では緊急重役会議の準備が進んでいた。そしてその前の廊下でようやくオギュー軍曹は犯人がもう死んだことを知った。
「えっ?もう終わったんですか?」
「何やってんだよ、テメーは。俺がとっくに解決したっつーの」
「あ、中尉がですか・・・。いやそれはよかった」
「よかったじゃねーよ、お前ジュース買ってきたのか?」
「あ・・・」
「あ、じゃねーよ。買ってないのかよ」
「すいません、それに今朝から爆撃だ何だって。ジュースを買いに行ったら子供達を保護することになって」
「ああ、あいつらか。まぁいい、今日中に買っとけよ、アップルの」
「買うんですか、この状況で」
ジリリリリリリ!ジリリリリリリ!
「敵襲!敵襲!基地内にいる第八迎撃部隊の隊員は直ちに出撃し敵を殲滅せよ。繰り返す─」
乾いたアナウンスが基地内に響き渡る。
“敵!?また来たのかっ、俺は・・・”
サブロウはプレッシャーを感じた。
トリノはさっき見た戦闘機が忘れられなかった。
「俺、ちょっと行ってくる」
ソファからトリノは立ち上がり、中央ホールを飛び出した。
「トリノ!」
思わずソフィアも立ち上がりサブロウを振り返る。
「行こう」
二人はトリノの後を追った。
「ジェノバ中尉!発進準備出来てますよ!」
「よし」
軽やかにジェノバは戦闘機に乗り込んだ。その動きからパイロットとしての熟練度が窺えた。
コクピットの中で各種計器を確かめる。右上のモニターを見ると右翼の上に少年が乗っている。
「何なんだよ・・・!」
声は拾えなかったが少年は何か言っているようだ。何にせよこのままでは発進できない。ジェノバはコクピットを開いた。
「よっしゃあ!」
少年はコクピットの後部座席に乗り込んだ。
「何だお前は!?」
「いいからさ、もう発進しなきゃないんだろ?俺はトリノ、早く出てよ!」
「ちっ、死ぬ覚悟決めろよ!俺は知らねぇからな。ジェノバ中尉、ジップ出る!ハッチ開けろ!」
ジェノバ中尉のジップが射出され、続いてタイシェト伍長とエニセイ曹長も発進する。
Gがかかる。トリノにとっては初めてのことだった。右には焼けた大地が、左にはタイシェト曹長のジップが、上には・・・・・敵機!
「照合急げっ!」
「し、新型です!」
ジップの少し上に敵が五機、いる。こちらは三機。この差は大きい。
五機の敵は分散して機銃を乱射した。が、ジェノバ中尉はロールしてその全てをかわす。かわしはするがなかなか反撃に移れない。
他の二機もパラパラと撃っていたが落とすまでにはいかなかった。このままではやられる。
「おい、後ろの!俺のシート汚すなよ!」
「誰が!」
と、強がってみたものの、その実トリノは恐怖していた。ゲームじゃない。人殺しなのだ。ゆえに殺らなきゃ、殺られる。この極限の緊張感、まだ自分が操縦していないだけましだろう。次、には。
「うぐっ!」
ザー・・・・ザー・・・・。
「何だ!?タイシェトが!?」
隣で一機、ジップが落ちていく。
「野郎ォ!おい後ろの!摑まってろよ!」
グンッ!Gが掛かる。ジェノバはペダルを踏む。ブースターが炎を上げ加速する。
「ひぃぃぃ!」
自分の意思とは関係なしに声が出た。声というよりは悲鳴。トリノは恐れていた。己の下に広がっている死を。
敵機の後ろにジェノバの操るジップは回り込んだ。戦闘機は背後からの攻撃には弱いものだ。
ジェノバはそのまま敵機の背後から、機銃、三十ミリ二連装散弾バルカンを捻り込んだ。それはブースターを突き抜け、敵機は墜落していく。パイロットは何とか助かろうと、脱出用の装置を使いコクピットから飛び出したが、出た瞬間機体が爆発して砕け散った。
「うおぇ・・・」
それを見たトリノは目を背けた。
「これが、戦争なんだ」
ジェノバはそうトリノに言うと、思い切りジップを右に旋回させた。そしてエニセイ少尉のジップの後ろにぴったりついた。
「中尉!私が突破口を開きます!後ろから援護を!」
「わかった!」
エニセイ少尉はジップのエンジンをレッドゾーンに叩き込んで最大戦速にのる。四機の敵の中心を縫うように突き抜けミサイルを二発。
「中尉!頼みます!」
ここで、ジェノバ中尉が一発きりのメガビームを放って終わるはずだった。
「うわ!」
何かに驚いたトリノはコクピットに身を乗り出した。
「おい!」
狂った。このまま撃っても当たらないことはジェノバはわかりきっている。
チャンスを逃せば待っているのは死─。
ドンッ!鈍い音がコクピットの中に響いた。
会議室には基地内の幹部達が集まっていた。皆、真剣な面持ちである。
右から、ニタギ大佐、ウスリー中佐、メリー少佐、ルイジアナ少佐、ル少佐が順に席についている。
ここ、トーキョーには九の地球連邦軍基地があり、それぞれの特色がある。この第七基地は戦闘機という訳だ。
第四のルイジアナ・ミロス少佐の名は有名であった。それはまず女という点でだ。女性でありながら少佐という地位まで上り詰めた実力者であり、その容姿も美しく軍内のファンも多いのだ。
第九のル少佐は軍人格闘技の達人で部下にすぐ手を上げるのであまり好かれていなかった。だが、その腕は確かだ。
「あぁ・・・、時間もないし手短に話そうか」
口を開いた男はバオン・レンシー中将。トーキョー支部における地球連邦軍の最高司令官だ。中将はわさわさとあごひげをかきむしりながら続けた。
「結論から言うと、九つの基地を統一することに決まった。まずは一番被害の少なかった第二基地を拠点とする。そして最も被害の多かったこの地区、第七基地を放棄する」
中将の声はやはり重いものだなとルイジアナ少佐は目をそらした。中将は続ける。
「ここトーキョーを軍事都市としてテロリストを討つ。以上」
言い終わると何の反応も待たず中将は立ち上がり、強い感情をドアを閉める強さで表した。
今度はウスリー中佐が話し始めた。
「今、バオン中将が述べられた通りこの第七基地は放棄されることになった。それはこの基地の格納庫と倉庫、弾薬庫を爆破されたからである。つまり今この基地に残されている食料、燃料、弾薬は皆無と言っていい。
そこでこれからの対策だが、この基地の兵士達を三つに分ける。第一部隊はこのままトーキョーに残る。第二部隊は新兵を入隊させた後、ホンコンシティ経由しアンダルシアへ入り、そこで現状報告と弾薬の補給。第三部隊はトーキョーの生き残りの民間人を乗せて、太平洋を越えてサンフランシスコへ民間人を届け・・・・」
ドォォォンッッ!そのとき爆音。
「何だッ?」
「近いですよ!」
「説明は終わりだ!各自持ち場につけ!後は流れで覚えるんだ」
一同は会議室を飛び出していった。
「きゃあ!」
爆音に驚き、思わず体を丸めたのはソフィアだった。もうこれで恐らく基地に直接落とされた爆弾はもしくは基地内での爆発は四回目だ。
もうこの格納庫には兵士はいなかった。二人だけだった。
「人がいる場所に行こう。その方が安全だ」
「うん・・・。でもトリノが・・・」
「トリノならあの兵隊さんと一緒だし大丈夫だよ。ここにもいつ爆弾が落ちてくるかわからないからな」
サブロウとソフィアも格納庫を出た。
格納庫の外は思った以上に騒々しかった。サブロウの目に映る兵士で走っていない者はいなかったし、言葉も発していなかった。それがより一層不気味だった。
二人は少し駆け足になって廊下を道なりに進んだ。
何か嫌な予感がする・・・・・。そう思って奥の扉をサブロウは勢いのまま開けた。
この熱気、臭い。人だ、それも尋常な数ではない。人の海がそこにあった。
「何なの!?」
ソフィアは自然と声が大きくなった。
「わからない!」
それに応えてサブロウの声も大きくなる。
あまりに人間が密集していた。人々の足元を見ると何人か踏みつけられて生きているのかわからない人もいる。しかし人々は気づいてはいない。
そのときもう一発、爆弾が近くに落ちた。
「こっちに来る!」
サブロウは無意識の内にソフィアの体を腕の中に引き寄せた。
爆発音は狂気ともいえる気の流れに拍車をかけた。
後ろの扉から何人かの兵士が飛び出した。
「貴様ら!何をしている!早く行け!」
「行くってどこに!?」
「この先に輸送艦が停泊している。それに乗って避難するんだ!」
「ちょっと・・・」
兵士は二人を群衆の中に押し込んだ。強力な力が働き歩こうとせずとも体は進んだ。大人に囲まれ周りは黒く何も見えない。ソフィアを抱く力は強くなる。
「苦しい・・・・」
ソフィアは言った。しかしサブロウは力を抜くことはできなかった。抜けば押し潰されるからだ。
「大丈夫・・・!」
そのとき見たソフィアの青い眼の次の瞬間。
「邪魔だガキ!」
人の流れは遂に二人を裂いた。叫ぶ間もなく見えなくなってしまった。サブロウは流れに逆らってソフィアのもとに行こうともがいたが無駄だった。
右足の小指に激痛が走ると同時に全身の力が抜けた。後はよく覚えていない。
「おい!止まれ!ここまでだ」
兵士達が並んで人々の流れをせき止めた。それでも行進を続けようとする者は警棒で殴られた。
「何でだよ!まだ乗ってない者がこんなにいるんだぞ!軍隊が避難するのに来いというから来たのにどういうことだ!?」
「うるさい!二隻の輸送艦はもう満員だ。もう出発する、離れてろ」
ドッグのハッチは轟音とともに開き、二隻のセントフォーリアはゆっくりと発進した。
内装工事が終わっていない、コンクリートがむき出しになっている冷たい壁を背にサブロウは立っていた。
何とか輸送艦には乗ることが出来た。よく乗れたものだと思う。記憶は曖昧だがソフィアと分かれた後、誰かに引っ張られた、導かれてここまで来た気がする。
セントフォーリア、地球連邦軍のモビルスーツ輸送艦である。元来、モビルスーツを運ぶために設計されていたこの艦を緊急避難用に途中だった工事を切り上げて
人間を輸送することになったのだ。一番艦と二番艦が並行する。
入り口から一区画隔てたここには嫌な臭いが充満していた。
人間の臭い、とでもいうのか。汗やら何やらが混じり合ってできている。
サブロウはその臭いから逃げるように隣にある丸い窓に顔を向けた。窓からは発着場に残された人々が見えた。その顔を見てサブロウは怖くなった。
彼らの顔はとても表現し得るものではない。一切の生気を奪われたような・・・。サブロウはいたたまれなくなった。そしてまたこの輸送艦に乗れて安心している自分に嫌気がさした。
ソフィアさえいてくれればというささやかな甘えも消えてしまった。ソフィアの影は完全にない。
サブロウは崩れるように頭を抱えながらしゃがみ込んだ。これで遂に一人になったと深く実感した。艦内に知り合いがいることは想像できなかった。
海は絶えず太陽の光を乱反射させていた。
周りが話しているのを聞いてこの艦はサンフランシスコに向かっていること、一隻につき約二千人が乗っていること、また階級の高い兵は別区画にいることなんかがわかった。
ここ、メインフロアとでもいうのか、見た感じ千五百人くらいがひしめいている。さっき兵士達が毛布と一握りの非常食を配っていた。サブロウもまたその毛布に包まって隅のほうで身を縮めていた。非常食は食べる気になれなかった。
「どうしたのかね?元気がないようだが・・・・?」
話しかけてきたのは白髪の老人。
「あ・・・・」
「隣、いいかな」
「どうぞ」
老人はゆっくりとサブロウの隣に座った。その間、二回ほど咳をした。
見た感じ、とても健康そうには見えなかった。老人は毛布で体を包んだ。
サブロウはすぐに視線を老人から移した。サブロウの目に映るものは闇。腕で頭を抱え込んだ。
「君・・・家族は・・・?」
老人は静かに言う。答えが欲しい風ではない。が、サブロウは答えてしまった。
「死にました、爆撃で。友達がいたんですが別れちゃって」
「そうか。それは・・・若いのに大変だ・・・。しかし君は若い」
何かこの老人から神秘的なものをサブロウが感じたのは間違いない。どうせ、やることもない、という思いもあった。話を続けてみたのだ。
「おじいさんも一人・・・?」
「そう・・・ずっと私は一人。これからもそうだ。君・・・名前は・・・?この老いぼれの話に少し付き合ってくれんかね・・・?」
サブロウは話した。自分のこと、友達のこと、今までのことを。老人は静かに聴いていた。
「若い時代、私は何の疑問も持たなかった。世の中で正しいと言われていることを一つの方向からしか見ないで、他の可能性を潰していたのだ。若い力は素晴らしいものだ、しかしその素晴らしさの影に私は気づくことが出来なかった」
「一体何を・・・?」
「邪悪を生んでしまった。いや邪悪というよりは純粋。そしてそれに気づいたときにはもう私は年をとりすぎていた」
サブロウは不思議な気持ちだった。この老人を昔から知っていたような・・・。
「妙な気分だ。見ず知らずの君にこんなに話すなんて」
「僕もです」
「気を悪くしないで欲しいんだが、私はもう死ぬのだ。いや・・・こんなことを君に言ってもどうすることもできないんだが・・・」
「・・・なぜ、なんですか・・・・?」
老人の突然の告白にサブロウは聞かずにはいられなかった。
「呪いだ。私はある男に呪われている」
「呪い・・・」
想像していた答えとは全く違う、それも非現実的な。しかし、サブロウはもっと知りたくなっていた。この老人を、人の命を。
「聞き流してくれ、老人の戯言とな」
呪い、サブロウはこの耳になじみのない言葉を何度か心の中で繰り返してみたがすぐに考えるのをやめた。
会話はなくなり腕の中にサブロウの顔が包まれる。しかし、すぐにサブロウは身構えさせられた。軍靴が床を蹴る、乾いた音が聞こえてくる。一歩、二歩と近づいてくる。
「ナルフ・オーヴァン博士だな?」
気づくとサブロウの前には兵士が三人立っていた。
中央の兵士が脇の二人に命令して、老人を無理やり引き上げた。老人はなすすべもなくそれに従うしかなかった。
「ちょっと待てよ」
もうサブロウはこの老人を知ってしまった。他人事ではないのだ。
「何だこのガキ」
すかさず兵士は立ち上がったサブロウの髪の毛を鷲摑みにした。
「元気があるじゃねぇか、調度いいお前もついて来い」
二人の引きずられてゆく姿に反応する民間人はいなかった。
両脇を抱えられたサブロウは老人と共に運び出された。二区画隔てた場所へ移されたところでサブロウは兵士から解放された。老人は逆らう様子もなく大人しかった。
「私に何の用だ。この少年は関係ないだろう」
「知り合いじゃないのか。む、まぁいい博士、あなたが開発なされたモビルスーツはこちらで預からせてもらいましたよ」
大人しかった老人はこの言葉に敏感に反応した。
「あれは連邦軍属のものじゃないぞ、どういうことだ」
「こっちもテロリストが暴れだして戦力になるものなら何でも欲しいんだ。あれも例外ではない、さ」
「あれはまだ未完成なんだ!変に手を加えると大変なことになるぞ!」
「そう未完成、それは確からしい。それに我々に手を加えさせないように特殊なプロテクトがかけてある。そこでだ博士、そのプロテクトを解除してはくれないか?」
「ダメだ!今の状態であれを起動させれば・・・・」
博士の言葉はまだ終わっていなかったが兵士は博士を殴って黙らせた。
「いいからやるんだ!それでもまだ断るならそこのガキ、あいつを貴様の目の前で殺す!」
サブロウの全身の筋肉が一瞬にして固まる。
「その少年は私とは関係ないと言っているだろう!」
「それでも殺す」
自分のことは構わず、そんな奴らの言いなりにならないでなどとはサブロウは言えなかった。
「わかった・・・」
その言葉を聞くと兵士は手に持っているコントローラーのスイッチを押した。すると、奥の壁が天井に吸い込まれていく。奥に立っていたのは─
「・・・・・・」
サブロウは言葉を失った。モビルスーツとは、ガンダム。一瞬、サブロウの中の恐怖が消えた。しかしそれも一瞬。
「さぁ博士、来てもらおうか」
兵士が博士と奥に向かう途中、部下の兵士が言う。
「兵長、このガキはどうしましょう?」
「そいつも連れて来い。いつまた博士の気が変わるかわからんからな」
そしてサブロウも奥へ行った。
「さぁ、プロテクトを解除してもらおう。このままではコクピットに入ることすらできん」
「解除する前に一つ聞かせてくれ、こいつはこの後一体どうなるんだ?」
「テロリストからこの艦に攻撃があり次第出撃だ」
「プロテクトは解除する!しかし、出撃だけはしないでくれ!」
「黙れ!さっさと解除しろ!」
サブロウが驚いているのはガンダム自体にではなく、そのガンダムの容姿にだ。侍、一言で言えば侍。これが一番的確な表現だろう。その力強さにサブロウは圧倒された。
博士がガンダムの足元で期待にタッチすると表面にキーパネルが現れた。
「パスワードとはな、幼稚なものだ」
確実に入力した文字、S、A、M、U、R、A、I・・・・・・・・。
博士が文字を打ち終えたとき、ガンダムに青白い電流が走ったようにサブロウには見えた。
「よし、これでもう動かせるようになった訳だ」
「まだシステムが不安定なんだ!最終調整が終わっていない・・・」
「まだ言うか!早くコクピットを開けろ!」
博士は一瞬サブロウを見て、コクピットを開けた。
「よくできているではないか・・・。そこまで人間を乗せるのを拒否するとは、おいこの機体にはどんな仕掛けが施しているのだ」
「それは言えん・・・」
「言えない?まぁいい、確かめてやる。おい、そのガキをこっちによこせ」
サブロウは部下の兵士に腕を強引に引っ張られて、コクピットに押し込められた。
“妙に、懐かしい気持ちだ・・・”
不思議にサブロウはそう感じた。
カーン!カーン!カーン!
「来たか!」
「行きましょう兵長!」
「うむ、お前らここを動くな!いなくなったところで艦の中を探せばいいことだ、逃げればひどい目に遭うぞ!」
走って兵士は出て行った。サブロウはコクピットに残されたまま。
「少佐、ルイジアナ少佐!」
「どうだ!?」
「ダメです!熱源反応が消えました!前方を進行していたセントフォーリアは沈んだようで!」
「沈んだ!?・・・寄せ集めの機体でいい、出撃させろ!」
「はい!出撃準備、急げよ!」
サブロウはまだガンダムのコクピットの中にいた。ようやく体勢を整えたところだった。
「サブロウ君!大丈夫か!?」
老人、ナルフ博士が見上げて叫んだ。
「はい!何とか・・・」
「ゆっくり降りてくるんだ!」
サブロウが右足をコクピットから出そうとしたそのとき、何かの衝撃でセントフォーリアの艦体が大きく揺れた。
「うわっ!」
その揺れはサブロウの体をコクピットの中に完全に戻した。
「サブロウ君!」
そしてその勢いでシートに突っ込む間に何かコクピット内のボタンを押してしまった。
「え、ちょっと!」
静かにコクピットのハッチは閉じてゆく。
「ルイジアナ少佐、出撃準備整いました!」
「よし、各艦、モビルスーツ、戦闘機出せっ!健闘を祈る!」
艦長であるルイジアナ少佐は艦長用の指揮席に着いて、レーダーに目を向ける。見てもどうすることもできない、気休めである。
「奴らはモビルスーツ四体か、ちょっと分が悪いわね・・・・。犬死はごめんよ」
深いため息をつく。
すでに奇襲攻撃により、先行していた一号艦は落とされていた。それはセントフォーリア自体が輸送艦であることもそうだが、とにかく出撃可能な機体が少なく苦戦を強いられていた。
先の出撃命令で発進したジップ四機、エンデューロ二機、フューエル二体でこの艦隊の全戦力である。
さらに第三部隊には戦闘経験豊富なパイロットは皆無と言っていいだろう。それはほとんどが第一、第二部隊に流れたためだ。
パイロット不足に加え、機体にも十分なメンテナンスが施されていない。
「弾幕張れっ!何とかなる!」
ルイジアナ少佐も必死だ。そしてその必死さとは裏腹に、すでに三機のジップが撃墜されていた。
サブロウはコクピットに閉じ込められていた。
「くそっ!開かない!」
とにかく無我夢中でそこらのボタンや計器をいじくりまわしてみたがどうにも駄目だった。三回目の衝撃がセントフォーリア揺らしたとき、いよいよサブロウは焦ってきた。
「私の声が聞こえるか!?」
博士はずっと声を張り上げていたが何の反応もなかった。
博士は駆け出してガンダムの隣の階段にたどり着いた。そしてそのまま階段を一気に駆け上る。
階段を上りきったところにはドア、それは通信室のそれだ。
勢いよくドアを開けると正面の機械から電波を送り、マイクにかじりついた。
「頼む、繋がってくれ・・・」
悪戦苦闘するサブロウの正面にあるモニターに荒い画質ではあるが博士が映った。
「おじいさん!」
博士は途切れ途切れの息遣いの中、サブロウに言う。
「はぁ・・・サブロウ君、私のせいでこんなことに・・・。すまない」
博士は必死に呼吸を整えようとしていた。
「それはまた後で!おじいさん、どうやったらこれから降りられるんですか!?」
「ああ、その右にある・・・・ガガ・・・ガ・・・」
「何だ・・・」
通信はそれきり途絶えた。
「どうなってんだよ!」
そのときまたも艦体に衝撃が走る。
「うぉっ!」
博士は足を滑らせて倒れこむ。そして転倒した際に後頭部を壁の金属にぶつけて、死んだ。
サブロウはやけになって思い切りコクピットの中を蹴った。このどうしようもない無力感をぶつけたのだ。すると─
ボウッ。ガンダムの眼に灯がともる。コクピット内も色鮮やかに、きらめきを増してゆく。
サブロウは何がなんだかわからないがそのとき、頭の中に電流のように流れ込む鋭い感覚があった。
「・・・・!」
またもガンダムに通信が入る。もちろん博士ではない。若い、女軍人だ。
「これは・・・パイロット乗ってるの!?」
サブロウは咄嗟に返事をすることができなかった。
「乗ってるのね!?出られる!?」
「・・・・はい」
なぜ、なぜこんなことを言ってしまったのかサブロウ自身にもわからない。が、気づいたときには口にしてしまっていたのだ。
「わかったわ、じゃあハッチを開けるから!健闘を祈ってるわ」
何かに憑依された、としか言いようがない。少年は、サブロウは無論モビルスーツを操縦したことなどない。しかしもうガンダムは艦から戦場に飛び出していた。
「少佐!指揮官用のシートに座っていてください!通信は全てこっちでやりますから!」
ルイジアナ少佐は額の汗をぬぐいながら、微笑とともに答える。
「やらせて、動いていないと気が狂いそうなの・・・」
静かだが熱い海上のガンダムの中でサブロウは一人呟く。
「わかる・・・わかるぞ!二時の方向に三体、四時の方向に一体か・・・」
右足に渾身の力を込めてペダルを踏み込む。背中から火を吹き、Gとともに体は持っていかれる。
敵もレーダーに映る新たな反応を感じ取る。
「おい!また出てきたぞ、牽制しろ!」
敵はバラバラとマシンガンを放つ。直撃すれば半壊は確実な火力だ。
「見える!」
サブロウは瞬間的に操縦桿を切った。弾丸は空を切る。
「こいつ、速い!ガンダム!?」
斬ッッッ
腰の刀が一閃。敵モビルスーツは上半身、下半身に真っ二つになり、次の瞬間─
「こ、こんなっ・・・・」
ドウッ!
一体やられて、残りのモビルスーツはその強さに気づく。
「隊長!こんなのがいるなんて!どうします!?」
色違いの隊長機はすぐさま応える。
「弱いのからやれ!後回しだ!味方と混戦していれば迂闊に手出しは出来ん!」
色違いはそう言いつつ、四機目のジップを落とした。これでセントフォーリアにあった戦闘機ジップは壊滅だ。連邦軍側の残りの戦力は戦闘機エンデューロ二機、モビルスーツフューエル二体だがパイロット能力の差でやや連邦軍側の不利と言えた。
色違いを筆頭に二体の部下達も何とかフューエルを攻略していた。
「こちらはピイー少尉、そこのモビルスーツに乗ってる奴、味方か!?応答しろ!」
「そうです!今、僕もそっちに行きます!」
刀を納めることなくサブロウは直進した。サブロウの精神は極限まで緊張していたが操縦方法手に取るようにわかった。まるで十年以上この機体に乗ってきたかのように。
サブロウの正面では色違い相手に二体のフューエルが攻撃を仕掛けようとしていた。サブロウも加勢に向かうところだった。
バババババ!ガンダムの左半身を敵モビルスーツドッズのマシンガンが襲う。
「行かせねぇ!」
色違いはモビルスーツに二対一の中、遂に片方のフューエルを落とした。それに伴いピイー少尉は一旦色違いから引く。
「おい!まだか!?情けない話だが、俺一人じゃもちそうもない!」
サブロウは直進を止め、左のドッズへ向かう。ほぼ直角に曲がったガンダムは最大戦速で斬りかかった。
「うう!」
簡単に言えばただの直進なのだが、ドッズのパイロットはガンダムが放つプレッシャーに耐えられなかった。
ドウッ!爆発したドッズには構わず、サブロウは次の標的に向かった。
上空から機銃で狙撃していたエンデューロはパイロットの経験不足から何の役にも立っていなかった。ただグルグルと旋回してはパラパラと当たりもしない弾を放つのであった。それも照準が定まっていないので味方に当たる可能性もあった。出ないほうがまだましというものだった。敵も初めから相手にしていない。
モビルスーツの配置はまずサブロウのガンダム。その先にピイー少尉のフューエルと色違い。そのさらに奥から部下のドッズがマシンガンで援護していた。
ピイーは色違いと距離をとった。奥に、部下のドッズと色違いと三角形になるような陣形だ。そこにガンダムが突っ込んでくる。
「直進ならば、落としてやる!」
色違いはドッズの隊長機にだけ装備されているビームライフルを構え、撃った。四発、ビームの光の先にはガンダム。
ギンッ、ギンッ、ギンッ、ギンッ。ガンダムはその刀でビームを弾いた。壮絶な反応が必要なこの技をサブロウがやってのけた。
「邪魔なんだよぉ!」
サブロウはその勢いのまま色違いを斬った。残りは一体。
「背中ががら空きだ!」
ドッズがガンダムのブースターを破壊しようとマシンガンを構えた。サブロウはその技量ゆえマシンガンが確実に当たることがわかった。その瞬間。
一閃のビームがドッズを貫いた。
「これくらいはやらないとな・・・」
ピイーは一発きりのビームライフルを構えていた。
「終わった・・・・」
サブロウが息を吸うと同時に目の前が暗闇になり、ガンダムは海へ落ちた。
死者二三○四名、生存者一八一二名、生存機フューエル一体、エンデューロ二機、セントフォーリア一隻、ガンダム一体。
「少佐、戦闘終了。各機、戻ってきます」
「あの機体は?どこの所属なの、登録されていない・・・」
「戦闘終了後、海に落ちたようです!」
「そう、回収作業急げ!索敵も怠るな!・・・それに少佐ではなく艦長と呼んで欲しいものね・・・・」
引き上げられたガンダムは格納庫に収納された。オペレーターはパイロットと通信を試みる。
「こちらブリッジ、パイロット応答せよ・・・・」
反応はなかった。ガンダムの前には既に数人の整備士達がパイロットが降りてくる
のを待ち構えていた。その中にはピイーもいた。
「おい、こっちで人が死んでるぞ!」
一人の連邦兵が声を上げた。博士の死体の周りに兵士たちが寄ってくる。
「何で死んでやがる・・・・!」
先ほど、この格納庫に博士とサブロウを連行した張本人だ。
「どうしましたアルク中尉?顔色が優れませんが・・・」
「いや何でもない・・・。早くこの死体を運び出せ・・・・」
部下の兵士達は早速担架に乗せて運んでいった。
一方、ガンダムはようやくコクピットが開いた。
「パイロットは子供だ!」
「気を失ってるぞ!」
サブロウの意識は完全になく、サブロウもまた担架で運ばれて行った。
「ひどい熱だ・・・」
「どうしてこんな民間人の子供が・・・・。医務室へ急ごう」
サブロウは頭の中がひどく濁った水のようだと感じていた。胸が気持ち悪くなる、ドロドロした泥水で体が満たされているような。戦いが終わった瞬間にこの感覚がサブロウを襲ったのだった。
「う・・・」
多くの視線を感じながらサブロウは目を覚ました。感じたとおり、多くの連邦軍人がサブロウを囲んでいた。
「サブロウ・コジマだな?」
よく見ると女、それも若い。
「はい・・・」
女はサブロウの顔を見てフッと笑った。
「何が、おかしいんですか?」
「いや、気にしないで。さっきの戦闘での活躍ぶりからは想像もできないパイロットだったから・・・」
“ああ、さっき戦ったのは夢じゃなかったんだ・・・”
ブリーフィングルームの片隅でノートパソコンを打っていたのはアルク・マンダレー中尉だった。パソコンの画面には通信している相手が映っているようで話していた。
「ドヌイさん、博士は死んだ。でもわかってくれ、俺はアンタに言われたとおりにあの小娘も・・・」
「まぁいい、ガンダムはどうなったんだね、マンダレー君」
「ガンダムはガキが・・確かサブロウとかいう」
「サブロウ君がガンダムに乗ったのかね?」
「そ、そうです!」
「なら調度いい。これからも私の言ったとおりやってくれ、マンダレー君」
そのとき兵士が一人ブリーフィングルームに入ってきた。アルクは急いでパソコンの電源を切った。
「中尉、艦長がお呼びです」
「わかった、すぐ行く」
「サブロウ君、君はモビルスーツとかの操縦経験は?」
「さっきのが初めてですけど・・・」
「あのモビルスーツなんだか知っていて?」
「ガンダムですか・・?」
ルイジアナ少佐は座っていたベッドの横の椅子から立ち上がった。
「そうガンダム、あれはね連邦軍属ではないの。ナルフ・オーヴァン博士が作った新型モビルスーツ。だから我々にもその詳細についてはなぞの部分が大部分。あなたがあのガンダムで驚異的な戦果を上げられたのも何かガンダムのシステムによるものだと思うわ」
「いいですよ、もう。僕はもう乗りませんから。後はそっちに任せます」
「こっちとしてもそうしたいわ。民間人の少年をモビルスーツに乗せて戦わせるなんて大問題だし。でもね、サブロウ君以外はガンダムに乗れないの・・・」
「え・・・!」
「別にパイロット能力の有無を言ってる訳じゃないの、博士があのガンダムに施したシステムのせいで最初に乗った人間、つまりサブロウ君のデータを記憶してしまって、君以外は操縦はおろかガンダムに乗ることすら出来ないわ」
静かに聞いていたサブロウがここでルイジアナ少佐に言った。
「ルイジアナさん、僕は・・・・」
「艦長に向かって何と言う・・・」
兵士の一人が身を乗り出したがルイジアナは軽くその兵士を制した。
「私達は君にはとても感謝しているわ。でも戦力面においてこのセントフォーリアは極めて弱体化している、つまり君とガンダムの協力が必要なのよ。でも無理にとは言わない、少し考えてみてくれる?」
「ええ・・・わかりました・・・」
「それじゃあゆっくり休んで。いい返事期待してる」
サブロウがルイジアナにソフィアにはない大人の魅力を感じたのも一瞬で、サブロウの体は再びあの濁った感覚に包まれ、深い眠りについた。
夢の中、サブロウはやはり泥の沼の中に下半身をどっぷりと浸けていた。周りは暗闇に包まれている。サブロウ自身は黙ったまま立ち尽くしていた。
「サブロウ」
その声に振り返ると、焼け死んだ母が立っていた。
「母さん!」
ザブザブと泥水を漕いでサブロウは母に駆け寄った。
「凄かったじゃないサブロウ、見てたよ。敵を倒して私の仇を討ってくれたんだね」
「いや・・・、俺はただ・・・」
すると母の隣にソフィアが現れた。哀しい目をしている。
「乗るの・・・?ガンダム」
サブロウはひどい吐き気に襲われた。吐き気はそのまま胃から嘔吐物を運んできた。
「げぇ!うぇ・・・・・」
サブロウはうつむいたまま言う。
「・・・わかんないよ。俺、いくら戦争だからって人を殺したくないんだ。ガンダムに乗って戦うってのはそういうことだろ?もちろん俺も死にたくないけど、敵にだって家族や人生がある訳だから・・・」
口をぬぐって顔を上げると母とソフィアは消えていた。
「消えた?」
サブロウはまた泥水を漕いで沼を奥へ奥へと進んだ。暗闇に目が慣れてくると奥に人影が見えた。サブロウは懸命にそこまで足を進めた。
「苦しいよ、熱いよぉ・・・」
そこには軍服らしき制服を着た男たちが寄り添って苦しんでいた。
「どうしたんですか!?」
サブロウは急いで男たちに駆け寄る。
「お前にやられたんだよぉ、熱いよ・・・」
それはガンダムが倒したドッズのパイロット達だった。暗闇の中よく見えないがひどい怪我を負っているらしい。
「うっ!」
サブロウは思わず目を背け、振り返った。
「何でもっと早く出撃しなかったんだよ、お前ぇ・・・」
後ろにはもっと多くの人々がひしめいていた。先に沈んだセントフォーリアに乗っていた人々だ。
「お前のせいで死んじまったじゃないか!」
人の波がサブロウに押し寄せた。サブロウは怖くなってさらに奥へと全身を濡らしながら走った。
「はぁ、はぁ・・・」
人々をようやく振り切ったサブロウは息を切らして止まった。そしてまた新たな人影が現れる。
「今度は誰だ・・・」
「私だよ、サブロウ君」
「博士!・・・どうしたんです、頭から血が出てるようですけど・・」
「君を助けようとしてこうなったのさ。君となど出合わなければよかったよ。なぜ私のガンダムを動かした!」
「僕が出なければ艦は沈んでいました!」
「・・・自信過剰もいいところだな。君は自分が人々を救ったヒーローとでも思っているのかね?敵を殺してそんなに誇らしいかい」
「そんな・・・・でも!」
「子供は子供らしくしていろ!君にガ、ン、ダ、ム・・・・は・・・・」
「博士ッ!」
サブロウが叫んだときには博士は消えていた。
「はあっ、うぇっ!おぅ!」
そのとき、後ろから水がはねる音が聞こえた。
「うう・・・・」
振り向くとそこに立っていたのは白髪のしかし決して歳をとっている訳でもない男が立っていた。
「あなたは・・・・?」
「俺はな、お前と同じ呪いにかかった男だ」
「の・・・・・ろ・・・・・い・・・・・・?」
目が覚めたときには周りに人はいなかった。さっきの夢の記憶は薄れ、思い出せなくなっていた。ただ、とても不快な夢だったと記憶している。
薄いシーツを押しのけサブロウは体を起こす。のどが渇いていたのでベッドの横の台の上に置いてあったコップを手にとって迷わず一気に飲み干した。
そこに白衣をまとった男が入ってきた。
「おお、目覚めたのかね。そうだ、艦長が二○五号室に来るようにと言っていたぞ」
サブロウはその言葉通り二○五号室を目指した。頭痛はまだ完全には消えていなかったが耐えられないわけではなかった。
決して良いことではないだろうとは思っていた。深く考えると頭が痛くなってくるのでサブロウはなるべく考えないようにしていた。
二○五号室とはセントフォーリアに設けられた数少ない居住空間、それも大部屋のことだ。
「アルク・マンダレー中尉だな?」
「はっ!」
ルイジアナ少佐に机を隔ててアルク中尉は敬礼をした。
「アルク中尉、貴様について妙な噂を耳にしたのだが」
「何のことでありましょうか」
「民間人の中に貴様が敵が襲撃してくる前に博士と歩いていたという証言をしている者がいる。これは事実か?」
「はい、確かに事実ですが何か問題があるのでしょうか」
「これ自体には問題はない、しかし博士は貴様といた少し後に格納庫で死んでいる・・」
「死因は横転時の後頭部への打撲によるもので私は一切関係ありません」
「果たしてそうかな。我々は今後貴様を重要参考人として行動の制限を課す」
「そんな!私が何をしたというんです?」
「これは女の勘、だよ。もう下がっていい、しかし今後は貴様の行動全てにこちらの目が光っていると思え」
ルイジアナ少佐がそういい終わると、部下のものがアルク中尉を部屋から出した。
「よかったのですか、艦長?」
「あいつが何らかの形で博士と関係があったのは間違いない。とすると奴は必ず奴らとつながっているはずだ。わざわざ博士をあそこで泳がせておいた甲斐があったというもの、サンもうまい具合に接触させることができた。ところで、もう集まっているのか?」
サブロウが二○五号室に入ると既に数人集まっていた。すると集まっていた男の中の一人がサブロウに話しかけてきた。
「君もここに呼ばれたのかい!いやぁ若いねぇ、うんうん、よろしくね。僕は、僕の名前はアシハバー・ニジノ、よろしくね。あ、二回目か、アッハッハッハ!」
陽気な男だった。少しパーマのかかった金髪がなびいた。
「アッハッハ!ほら、フロレス!君も自己紹介しなよ!」
アシハバーは隣にいた男の腕を引っ張ってサブロウの前に出した。
「え・・・僕は・・・・いいです・・・」
こっちの男はアシハバーと対照的に暗い、陰気な男だった。
「何言ってんだよ!ね!早く自己紹介!」
「え〜・・・・僕の名前は・・・レス・・・・イ・・・・です・・・・・」
「あ〜〜もうっ、もっと大きい声で言わなきゃああ〜〜。ほら、もう一度!」
「僕の名前は・・・・フロレス・ウェイパです・・・すいません・・・・」
「なぁ〜に謝ってんのもう〜。あ、こっちばっかりしゃべっちゃって君の名前を聞いてなかったよ、アッハッハッハ!君の名前は?」
「いや、サブロウですけど・・・・。一体何なんですかこの集まりは・・・?」
改めて部屋の中を見回すと民間人から連邦軍人、またそれ以外の十数人の男がいた。
「それが僕もよく分からないんだよね〜、アッハッハッハ!」
そのとき、部屋に入ってきたのはルイジアナ少佐だった。
「皆さん、お集まりのようで」
「俺たちに一体何の用だってんだよ!?」
一人の男が言った。
「突然呼び出してしまって申し訳ありません。皆さんに集まってもらったのはこの艦にをそう・・・助けて欲しいのです」
「俺たちに!?どうやって!?」
サブロウは眉をひそめた。
「アッハッハ!困っている人は助けなさいってお母さんが言ってたよね!フロレス」
「そ・・・そうだけど・・・・」
ルイジアナ少佐は続けた。
「今この艦は非常に戦闘要員不足の状況にあります。こちらの調べで皆さんがモビルスーツ、戦闘機の操縦、整備等ができる人間だということはわかった上でここに集まっていただいたのです。またいつ先ほどのように敵襲に遭うか分かりません、そうなったときにパイロットあるいは整備士として力を貸して欲しいのです」
少しのざわめきの後、一人の男が言った。
「それは、命令なのかい?お姉さん」
「力を貸さずにこの艦ともども海に沈むのは、自由ですが」
「・・・やるしかないようだな」
「わかっていただけたようですね。それでは今から名前を呼ばれた方はドッグへ行ってユニットの整備をお願いします・・・」
静かにルイジアナ少佐は名を呼んだ。
「では、残りの方々はパイロット要員ということなので、この部屋で待機していてください。この部屋を自由に使っていただいて構いません」
そう言って少佐は部屋を出ようとした。
そしてサブロウは部屋に残されたことにようやく疑問を感じて少佐に駆け寄った。そもそもなぜ自分がこの部屋に呼ばれたのか?戦闘経験など・・・・あれは経験とは言わない・・・。
「どういうことなんですか?僕はパイロットなんかじゃ・・・」
「・・・そうね、君はまだガンダムのパイロットになった訳ではなかったわね。でも君の乗ったあのガンダム、開発者のオーヴァン博士亡き今、我々連邦軍の管理下にあるの。その存在は軍のトップシークレット。君はその機密に乗ってしまった訳だからこちらとしては放っておく訳にはいかない。だからパイロットになるつもりがなくてもしばらくはここにいてもらうつもりよ。もちろんパイロットになるというのであればまた待遇は変わってくるけど・・・」
「ここに軟禁しておくということですか・・・・!」
サブロウの語調は強くなる。
「悪く言えばそう。でも、あんな人が密集した息苦しい場所よりはマシでしょう?」
「あなたは、何も考えてないんですね・・・・!」
「・・・?とにかく、ここにいてもらう。それじゃあ・・・」
ルイジアナ少佐は部屋を出た。そしてサブロウは拳を握り締めた。
結局、部屋に残ったのはサブロウを含め六人の男だった。
しばらくの間、六人は交わす言葉もなく、自分の居場所を見つけることも出来ずにいた。そして誰が言うでもなく六人は部屋の中央にあるテーブルを囲んでいるソファに座った。これで全員の顔が確認できる。
「アッハッハ、皆揃ったところで自己紹介といこうか!お互い知っておいた方がいいでしょうから!」
「まぁ、それもいいだろうな。じゃあ俺からやらせてもらうが・・・・」
そう言ったのは六人の中で一番体格にいい筋肉質の男だった。座っているが、一九〇センチ以上の身長であることがわかる。
「ちょっと待って!言い出した僕からさせてください。僕の名前はアシハバー・ニジノ、よろしくね。あぁそう、歳も言っておこうか、二十三歳だよ。アッハッハッハ!さ、フロレス、君の番だ」
アシハバーの隣に座っているのがフロレス・ウェイパだ。
「僕の名前は・・・・フロレス・・・・・です・・。あの・・・・よろしくお願い・・・します。・・・・・・あっ!歳は・・・二十三歳です・・・どうも・・・・すいません」
「こいつ、フロレス・ウェイパっていうんですが、普段からずっとこの調子で。別に何でもないんで皆さん、気にせんでやってください。アッハッハ!」
「それじゃあ今度こそ俺の番だな」
さっきの男が肩を揺らして言った。
「俺の名はバロウ・レフシェ、歳は三十二歳だ。よろしく頼むぜ」
バロウなる男は低い声で言った。
「次は私ですね、私の名前はピイー・ククタです。地球連邦軍所属、階級は少尉です。歳は、お二人と同じ二十三です」
「よろしくね!アッハッハ!」
連邦軍の制服姿の青年は少しの笑みをすぐに消してこう切り出した。
「私は先ほどの戦闘にフューエルのパイロットとして参加したのですが、危ないところを新型モビルスーツに助けていただいたのです。ここにいる方はパイロットですが、どなたがあのモビルスーツに乗っていたのですか?」
そして、少しの間をおいて応える声があった。
「え・・・と、僕です」
そう言ったのはもちろんサブロウだった。
「・・・本当に君なのかい?」
ピイーは信じられぬ様だった。
「そうです・・はい」
サブロウの言葉にピイーは声を失った。
「本当だろうよ、俺たちゃそんなもんにゃ乗ってねぇからな。他に誰がいる?」
バロウが言った。
「凄いなぁ!この歳でパイロットかい?アッハッハ、驚いた!」
話のついでにとサブロウは口を開いた。
「サブロウ・コジマです。歳は十五歳・・。そんなパイロットとかじゃないんですけど・・・」
「人は見かけによらねぇもんだ・・・・。さぁ、あとはアンタだけだぜ」
バロウの目線の先、五人から少し離れたところに座っている男。
その男の顔は決していい気分の顔ではなかった。怖い顔ではないのだが、何か近寄りがたいものがあった。
「アッハッハ!あなたが最後の一人だね、僕はアシハバー、よろしくね!自己紹介しなよ!」
すると、男は静かに口を開いた。
「俺の名前は・・・・ハウサ・ジャストロック・・・だ。よろしく、か」
男は、ハウサは静かに答えた。サブロウはその態度からこの男の強さを感じた。しかしそれよりも、サブロウはソフィアのことが気になっていた。