>> BOOK_M.GIF - 768BYTES機動戦士ガンダム 〜NO WHERE MAN〜
第八章 タイターン隊

 

夢がこんなに早く叶うなんて!とは全く思っていなかった。これは現実なのだ。

「く・・・動くか・・・。いや、行ける」

ジロウはコクピットの中、一人操縦桿を握り締めていた。

 渾身の力でレバーを引くと力がかかりかすかだが機体が動きコクピットは揺れた。それはテレビやマンガの知識だった。がしかし、ジロウを動かすには十分すぎる。

 「これを、こう!」

足元のペダルを思い切り踏みつけた。それと同時に全身が浮く感覚に入った。しかし一瞬─

「くそっ!なんでだよ!」

改めてコクピットの中を見回すと死んでいる計器の中に一つだけまだ明かりの灯っているレーダーがあった。中心の青い点はこのジロウが乗っているジップを表している。そして青に近づく赤い点、これは敵。

「飛べェェェッ!」

 ジロウの気合がそうさせたのかはわからない、だが半壊のジップの片方のブースターが火を吹いた。不自然な格好でジップは空に上る。

 赤茶色に染まった空を一直線、シートの上の砂や小石のザラついた感じを感じながら目の前にスコープを引っ張り出した。メインモニターはもう死んでいたのでサブカメラの映像がかすみながも横のサブモニターに映る。

 正面からくる敵は完全に油断していた!ジロウの乗っているジップが壊れかけていたからだ。敵は射程圏内に入ったジップを機銃で狙った!ビームもあったのに!もしビームを撃たれていたらジロウは間違いなく死んでいただろう。

「何で街の人を殺すんだよ!死ぬのはお前だ!」

 操縦桿の先端についている赤いボタンをジロウは押した。

「エネルギー切れ!?マジかよ!」

 そうしているうちに敵の戦闘機が放った機銃はジップの片方の翼をもいでいた。一緒になってコクピットを覆っている装甲も剥がれ落ちた。むき出しになったコクピットには風で前髪をなびかせたジロウが見える。

 「ン〜、涼しくていいがな・・・」

ジップと敵機は猛スピードですれ違う。シートの上の体が操縦桿を握っている手を残して浮かび上がる。

「お・・・落ちるッ!落ちてしまうッ!」

風圧はなおもジロウの体を持ち上げた。ジロウは右手一つでジップとつながってい

た。その伸びきった体は逆さで風を受ける。

 何を思ったのか!ジロウは生命線ともいえる右手を操縦桿から離した!
「これでいい!これで・・・・・!」

ジロウは操縦桿から手を離すその一瞬、ジロウは最後のミサイルのスイッチを押すと同時にジップのエンジンを停止させた。ガクンとスピードを落としたジップはそれでもまだ飛んでいる。

 敵機はそのレーダーからミサイルが発射されたことを知った。

「当たるかよ!こっちの番・・・」

すれ違った敵機が旋回してこっちを見たときには─

「と、特攻!ミサイルは牽制だった、の・・・か・・・・!」

空になったジップを当てられた敵機は逃れようもなくジップと一緒に落ちていく。

 空中に投げ出されたジロウはジップに積まれていたパラシュートを既に着ていた。すぐさまひもを引っ張ると勢いよくパラシュートが開き、体は一気に上に持っていかれる。

 ボ、ボボボッ!ジロウの上から音がした。

「これは、弾丸!パラシュートを突き破る!新手は来ている・・・・・!」

ボロ雑巾のようになったパラシュートは絡まってもはや使い物にはならない。遠くからまた一機敵が来たようだ。小さいが確認することが出来る。機銃を打ってきているが的が小さすぎるためジロウには当たらない。さらにジロウの体はどんどん落下していっていた。

「便利だよな、本当に・・・よ!」

ジロウがもう一本のひもを引っ張ると予備のパラシュートが開いた。

“こんな小さいパラシュートじゃもたない、チャンスは一回だ”

 敵は機銃が当たらないとわかると猛スピードでジロウとの距離をつめる。

“来い・・・捕まえてやる”

一気に突き抜けてくる敵機と体を丸めたジロウが猛スピードで交差した!

 ギンッ!鋭い金属音が鳴った。

「計算通り!パラシュートの紐は丈夫な金属だ。切られることなく、戦闘機にとりつけた!」

ジロウが機体にとりついたことに気づいたパイロットはぐんぐん飛行高度を落していった。ジロウはそのまま紐をつたって翼の上に立った。立ったといってもできるだけ身をかがめて、飛ばされないように。そしてジロウの左手は紐を、右手は既に腰の拳銃を握っていた。

 「どけよォ!」

ドンッ!コクピットを包む強化ガラスを連邦軍の最新型拳銃は撃ちぬいた。中のパイロットの肩に命中し、血が噴出している。

「コクピット開けろォ!次は頭を狙う!」

ジロウが構えなおすと、コクピットは重々しく開いた。素早く乗り込んだジロウはパイロットを持ち上げてコクピットの外へ放り投げた。パイロットも肩を撃たれもう抵抗する体力もなかったのだ。

「パラシュートはつけてんだろ。コクピットの穴を塞いでと・・・・。さァてェ!この先に味方機の反応が四機・・・。いやこれは敵の機体だから、敵だ!」

 ジロウの乗った戦闘機はさらに加速した。

 望遠モニターは敵機が四機、連邦の機体が二機映していた。連邦軍の機体は華麗に敵機の中をくぐり抜けてそのうち一機撃墜した。

「やるじゃねェか!あの戦闘機!」

ジロウの乗る戦闘機もどんどん戦闘空域に近づいていく。だが戦闘機からは黒煙が上がっていた。

「どうなってんのォ・・・・!」

操縦桿はどんどん重くなっていった。ジロウの筋肉は震える。

 ついに正面に連邦軍の戦闘機を捉えた。しかしもう戦闘機はジロウの意思では操作できなくなっていた。必死にもがくうちにそこら中のボタンをめちゃくちゃにおしてしまった。

「やばっ・・・・」

 ジロウの体は一瞬にして前に引き寄せられた。物凄い加速、ブースターが出力全開になって最高速度にのった。そして思い切り前方にいた連邦軍の戦闘機に追突してしまった。

 そこから先はよくわからなかった。しかし生きていることは確からしい。戦闘機の機能なのか、無事に生きていた。もちろん戦闘機はジロウのも連邦軍のも墜落しているが。

 ジロウはコクピットの中で動かずにいた。まだ状況の整理がついていないからだ。すると男の声が聞こえた。

「こ、ここ、この野郎!何すんだコラァッ!」

「ちょっと・・・、落ち着いて・・。生きてたんだから・・・」

「っさいボケ!ぶぶぶ・・・ぶっ殺してやる!」

その男の声から察するにその男はひどく興奮しているようだった。

 ドンッ!ドンドンッ!銃声が響いてジロウのコクピットを包んでいるハッチがはずれた。

「何だ、子供じゃねェか!?ど、どうなってんだこりゃ!?ああ!?おいテメー!トシオ!どうなってんだ!ぶっ殺すぞ!」

「ちょ、ちょっと!トリノだよ!俺は!落ち着いてよジェノバ中尉!」

「うわぁぁあぁ!どうなってんだぁぁぁぁああぁあぁ!」

「落ち着けっつーの!・・・子供だって・・・?」

 コクピットの中を覗き込んできた顔にジロウは見覚えがあった。

「ジロウ!?」

「ト、トリノ!」

 十分後。

「あぁ・・・つまりあれだ。こいつはトシオの友達で、何か色々あって敵の戦闘機を奪って、俺のジップに追突してしまった、という訳だ」

「だからそうだって!俺が十回ぐらい説明してジェノバさんがようやく分かったんでしょうが!」

「そうだっけ。・・ところでお前、名は何と申すのだ?」

このときジロウは溜めてた息を一気に吐き出した。

「俺の名前はジロウ・アリタ!俺を連邦軍に入れてくれ!」

「ぱい?」

ジェノバは驚きのあまり『ぱい』と聞き返してしまった。トリノもまた驚いていた。

「戦わなければならないんだ」

ジロウの心は燃えていた。街や人の命がなくなったのもそうだが、何かもっと大きいもの、それがジロウの心の中にあった。

「このままじゃいつかは殺される。家族も友達もみんな殺され死んだ」

その目は鋭く真剣である。

「じゃあ、まぁついて来な」

まだジェノバのジップは動けた。三人はとにかく基地に戻った。敵はひとまず退却したようだった。

 ウスリー中佐は驚いていた。第二部隊のはずのジェノバ中尉がなぜこんな子供と一緒に自分の前にいるのかと。

「ね、いいでしょおぉ〜、中佐ぁぁあ〜」

「き、気持ち悪いわ!・・・むぅ、そうだな・・・・はっきり言って無理だ」

「なんだとハゲコラァ!」

「ジロウ君・・・君の気持ちはよく分かる。しかしな、今の連邦軍では無理だ。君があと五年早く生まれていればな・・・・。残念というべきか・・・良かったというべきか・・・・。それとジェノバ、お前ハゲと言っただろう?」

「言ってません」

「嘘つけ!はっきり聞こえたわ!さぁ、ジロウ君、今ならまだ間に合う、第三部隊のセントフォーリアに乗ってサンフランシスコに行って、せめて死なないよう・・・」

ウスリー中佐が言い終わる前にジロウは言った。

「サンフランシスコに何が待ってるってんだ。それこそアンタらが勝手に決めたことじゃないか」

「そうだそうだ〜・・・・」

ジェノバが小声で付け足した。

「いや、それは、ここにいちゃ危険だから・・・・。とにかく!ほら!もう行くんだ!ジェノバ、お前も配置につけ!もう出発するぞ!」

そういうと中尉は背中を向けて行ってしまった。

 「まいるぜ・・・・まったく・・」

ジェノバは腕を組んだ。

「俺はどうなるのかな・・・・?」

横にいたトリノがジェノバに訊いた。

「あ、お前、いたの?」

「いたよ!ずっと!」

「まぁお前は別に連邦軍に入りたいって訳じゃねェしな・・・」

さらにジェノバは考え込んでしまった。

 三人は基地内の廊下にいた。この廊下の先にはサンフランシスコ行きのセントフォーリアが停泊していた。そこに一人の男が通りかかった。

「何してるんですか!?もう第二部隊は出発しますよ!?ジェノバ中尉、行かなくていいんですか!?」

「おお、オギューじゃねェか。そういえばお前、第三部隊だったよな?相変わらず太ってんなァ・・・・」

「そうですけど・・。別にいいでしょう、体型のことは」

「よし、おいトシオ、お前はオギューと一緒に行け」

腕を組んだままジェノバはトリノに言った。決してやさしい目ではなかった。

「決めるのはお前だけどよ、来れんのか?こっちに」

トリノは黙ってその言葉を受け止めた。意味も分かっている。

「うん、俺はオギューさんと一緒に行くよ、サブロウとソフィアもそっちにいるだろうし・・・。ジェノバさん、戦闘機に乗せてくれてありがとう、俺忘れねェよ」

「おう」

ここでジロウもトリノに話しかけた。

「サブロウと、ソフィアもいるのか?」

「ああ、二人とも無事だよ。なぁジロウ、やっぱりお前も俺たちと一緒に来ないか?そっちのほうがサブロウたちも喜ぶと思うし」

そのトリノの言葉にジロウは一瞬のためらいもなく答えた。

「いいんだよ。俺は、トリノやサブロウたちを守るために連邦軍に入るんだから。同じことだろ?今はお前とサブロウでソフィアを守らなきゃ。また逢えるさ」

「そんじゃあ、そういうことでいいだろオギュー。もともとこいつを基地に連れてきたのもお前なんだし、最後まで面倒見ろよ」

「そりゃいいですけど、本当にもうポセイドンが出発しちゃいますよ!どうすんですか!?」

「なんとかなるだろ。ついて来れるか、ジロウ」

「当然」

二人は走り出した。このときジロウは一体どんな顔をしていたのだろう。

 

 全力で階段を駆け上がって行った。その途中に窓から外を見ると、この基地のすぐ海になっていることが分かった。ジロウはジェノバが何処に向かっているのかは全くわからなかったが、何も訊かなかったし黙ってついていった。

 また窓から外を見ると、今乗ろうとしているだろう戦艦は基地からその船首を覗かせていた。

「中尉!何かもう出てるって!」

「気にすんなってェ!」

 遂に階段を上りきるとそこにはドアがあった。

「はァ、はァ・・・・、よし・・・ここまで来れば・・・」

そう言ってジェノバはドアに近づいた。

「な、何だ!?開かねェじゃねェか!あ、IDカード忘れた・・・・」

「どけェ!」

その声に瞬時に身を引いたジェノバの奥のドアにジロウは思い切り蹴りを入れた。

 ガンッ!その音は空しく響き渡りドアはびくともしない。

「邪魔なんだよォ!」

ドウッ!ドウッ!ジロウの右手に握られている拳銃が左手に支えられながら火を吹いた。ドアにバチッと一瞬電流が流れた。

 バンッッ!

「こうするんだろ?」

ジェノバの蹴りで遂にドアは破れた。

 倒れたドアを踏みきったそこは基地の屋上だった。ジロウらは今、この基地で一番高いところにいる。正面には水平線。眼下にはお目当ての戦艦。

「じゃあこっから飛んでポセイドンに乗るぞ」

ジェノバはそう言うと真っ直ぐ走り出した。

「とうっ」

数十メートルはあろうかというこの高さからジェノバは飛び降りた。一瞬にしてジロウの視界からジェノバは消えた。慌ててジロウは屋上の端に駆け寄った。その眺めは吐き気を催すほどの恐怖だった、ここを飛ぶとなれば。いくら下が水だからといって一つ間違えば即死だった。

「いけるか・・・・・いくしかない、か・・・・」

思い切りジロウは元来たドアへ走りかえった。やはり逃げてしまうのか?いや違う、これは助走─

「俺は見てるだけが一番嫌いなんだよォォッッ!」

飛んだ─

 ジロウが飛んだ時と同じくしてポセイドンが水の中に潜り始めた。一方ジロウはというと、たった今落ちた。

「っばァッ!はァ、俺、俺生きてる!っあぅ、はぅ!はっはっ・・・、ちくしょうこんなところで死ぬかよ・・・・」

 あともう少しでポセイドンは完全に海に潜ってしまうところだった。必死に体勢を整えているジロウにジェノバの声が聞こえた。

「おい!生きてんならこっちに来い!ポセイドンに入るぞ!」

泳ぎは得意ではなかった。が、それは本能なのかジロウは素早くジェノバの声のほうへ進んだ。

 二人はポセイドンの最上部、人が入り込むためのハッチのハンドルにとりついた。二人の力で徐々にハンドルは回った。ハンドルがあくと虫が這うように中へ入り込んだ。そしてまた閉める。このとき、ポセイドンは完全に海の中へ入った。

「や、やった・・・やったぞ・・・」

「安心するのはまだだ・・・。こっちだ、ついて来い」

へたり込んだ体を起こしてジロウはジェノバにまたついて行った。

 そこはブリーフィングルームらしかった。数名の兵士が談笑しているのが聞こえる。先頭のジェノバがそこへ入った。

「おう・・・・俺だ・・・」

「ジェ、ジェノバ中尉!どうしたんですか!?いなかったんで心配してたんですよ!あ、そっちに子供は!?・・で何でずぶ濡れなんですか!?」

「うるせーよ・・・まずちょっと休ませろ・・・」

「いやいや!一体どうなってんすか!?ほらこの子は誰なんですか!?」

「いや・・・休ませろって・・・・」

「それで大丈夫なんですか体の方は?ええ!?」

「だからまず休ませろ・・・・・」

「それで今まで何処にいたんですか!?」

「休ませろっつってんだろコノヤロウッ!」

ジェノバはその兵士を殴った。ジロウはというと、既に壁にもたれて寝ていた。

 ジロウが次に目覚めたときは医務室のベッドの上だった。横を見ると、白衣の男が兵士と話していた。

「ま・・・・別に怪我をしてるって訳じゃないしな、大丈夫だろう。なぜ海水で濡れているのか・・・なぜこの艦の中にいるのか・・・、こいつが目覚めたら分かるだろ・・・・。・・・・・ん?お前ら、もう行っていいぞ」

「は、それでは・・失礼します」

そう言って兵士は医務室を後にした。

 白衣の男は机の上にペンを転がすとふうと一回ため息をついた。この男、よく見ると結構歳をとっているようだ。

「さて・・・、起きてるんだろう?君は何者なんだね、話してもらおうか」

その声にジロウは体をシーツから出して、身を構えなおした。

「ジロウだよ、連邦軍人ジロウ・アリタ」

「何ィ?知らんぞお前なんぞ」

白衣の男は顔をしかめた。顔中に何重もしわがはしった。

「今日成り立てなんだよ」

「はぁ・・・?民間人じゃないのか?どうなってんだ?」

「いや、だから今日付けで軍属なんだって・・・・」

興奮したジロウはベッドから立ち上がった。

 そこに一人の男が入って来た。

「よう、生きてっか?」

それは新しい制服を着たジェノバだった。シャワーを浴びてきたのか髪はまだ乾ききっていなかった。

「あ、これはジェノバ中尉・・・。こいつと知り合いで?」

ジェノバは二、三歩前に進みながら答える。

「まぁな。それで、先生こいつの具合は大丈夫なのか?」

「はい、ただの過労で寝込んでただけですから」

「そうか、そりゃよかった。・・・でジロウ、疲れてるところ悪いんだがお前に客だ」

「・・・・?」

ジロウは前髪をかき上げた。そしてまた男が一人入ってきた。

 その男が入ってきた瞬間、白衣の男の背筋がピンと伸びた。ジロウは只者ではないと感知した。その男は白髪のオールバックで顔にはしわが走り、制服の胸にはいくつもの勲章らしきものを携えていた。

 男は無言でジロウに近づきおもむろに右手を差し出した。

「この艦の最高責任者、ル・マン少佐だ。君がジロウ・・・」

「アリタです、ジロウ・アリタ」

「そうジロウ・アリタ君・・・、よろしく」

ル・マンはさらに右手を突き出す。

「よろしく・・・」

ジロウの右手をがっちりと握った。強く握ってきたが負けじとジロウも握り返した。

 ル・マンはぐるっと室内を一周するようにゆっくりと歩いた。

「ジロウ君、君は民間人のはずだがどうやってこの艦にし忍び込んだのかね?」

「俺は民間人じゃない、連邦軍人だ。艦には屋上から飛び降りて上のハッチから入った」

「そう・・・そうなんだよ、このジェノバ・シッキム中尉と命がけで来たらしいじゃないか。いや、あの高さで助かるとは本当に良かった。ジェノバ中尉、死んでくれてたらもっと良かったんだが」

「そりゃどうも」

ジェノバは壁にもたれて腕組みしながら答えた。

「ジェノバ中尉はともかく・・・君の処分についてだが、残念なことにこの艦には民間人は乗せられないんだよ。即刻、艦を降りるか、歯向かえば銃殺だ。さぁ、どうする?」

ル・マンはにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべた。しかしジロウはその笑みに真っ向から挑んだ。

「少佐、さっきから何度も言ってるでしょう、俺は連邦軍人だって」

この言葉には、ル・マンも少し熱くならざるを得なかった。

「何を言ってるんだ君は!そこまで言うのならいい、この携帯コンピューターで連邦軍の名簿リストにアクセスすればすぐわかることだからな!ちょっと待ってろ・・・」

そう言ってル・マンはその懐から手帳ほどの大きさの携帯コンピュータを取り出し、操作し始めた。

 相変わらず白衣の男の背筋は伸びていたし、ジェノバは腕を組んだままだった。ただジロウの目は希望を捨てていない、飢えた動物そのものだった。

「ええ・・・、あるわけがない・・・・・あるわけが・・・・。ん?いや・・・これは・・・『ジロウ・アリタ 階級二等兵』・・・?なんだこれは・・・・?」

「あのハゲ・・・・やってくれた」

「どうなってるんだ!」

ル・マンは感情をあらわにしてそこら中を歩き回った。顔は信じられないほど赤くなっていた。そして遂に立ち止まり、深く深呼吸を二、三度した。

「落ち着け・・・そうだ、ただこの少年が兵士だったというだけではないか・・。何も取り乱すことはない・・・」

 その様子をジロウはただ黙って見ているしかなかった。ジロウは連邦軍に登録されていたことを知っていて強気でいった訳ではなかった。ただ『そうならなければならない』と信じていたのだ。ジェノバは爆笑していた。

 ル・マンは冷静さを取り戻し、またしゃべり始めた。

「君が正規兵だということは認めよう。先ほどは失礼なことを言って大変申し訳ない。ただ、名簿によると君が登録されたのはついさっきのようだ。君はまだ民間人であるときに勝手に軍の戦闘機を奪って敵と戦闘行為を行ったそうじゃないか。これについては追々艦内で重役を集めた簡易軍法会議にかけるつもりなので覚悟しておくように」

 ル・マンの言葉が切れたので、ジェノバはようやく腕を解き、壁から離れた。

「じゃあもういいですか?正規の兵士なんだから制服ぐらい着せてやらなきゃ」

「勝手にしろ」

「じゃあ行くぞ、ジロウ」

ジェノバが部屋を出ようとし、ジロウがベッドから立ち上がったその瞬間またル・マンが言った。

「ジロウ君、君はなぜそこまでして連邦軍に入ったのかね?」

「・・・・俺の中の正義を守りたいから、です」

それだけ言ってジロウはドアへ歩いていった。

「言っておくが、君の中の正義など関係ないのだよ。国や上官の命令が全てなのだ。そこには一切の私情もない。忠実なマシーンに徹することが一番の正義なのだ・・・」

ル・マンが言い終わる前にジェノバもジロウも出て行っていた。聞いていたのは白衣の男だけだった。

「・・・・何だね、ウジュン曹長・・?」

「・・・いや、どうも・・・・」

 二人は廊下を歩いていた。

「いやぁ、ウケた、ウケた。いいもん見せてもらったよ。あんのジジイうっせーんだよ。それにしてもウスリーの野郎何だかんだ言ってやってくれたんだな」                          

ジロウは基地で会ったウスリー中佐のことを思い出していた。と同時に本当に連邦兵になれたんだと実感していた。今はただやる気しか沸いてこなかった。しかし連邦兵と入っても自分は何をするのか全く想像できなかった。ただ戦闘機やモビルスーツに乗って戦うということだけが浮かんだ。

「さっきも言ったけどお前のサイズに合った制服を探してきてやるから・・・そうだな、まずはシャワーでも浴びて体についた潮を落して来い」

そう言ってジェノバはジロウに艦内地図を渡した。

 確かに海水のせいで髪や服はひどくごわついたし、乾燥して塩がぽろぽろと落ちた。ジロウは地図を見ながらシャワールームについた。

ポセイドンのそれぞれの兵士の部屋にもシャワーはついているのだが、ここはたった今戦闘してきたような兵士が汗を流す、共同のシャワールームだ。まず脱衣所がある。そこを進むとシャワーが何個もならんでいる簡単なしきりがそれぞれについていて、カーテンを閉めれるようになっている。さらに奥には大浴場もあった。

 まずジロウは脱衣所で服を脱いだ。そしてシャワーを浴びてまた脱衣所に戻ってくるとふと思った。

“今潮を落してきたばかりなのにまたこの海水まみれの服を着るとシャワーを浴びた意味がないな・・・・。ジェノバ中尉が待ってるロッカールームは・・・・”

地図で探してみた。

 ポセイドンで使われる生活用品の備品を置く倉庫と化しているこのロッカールームでジェノバは少し小さめの制服を探していた。

「これは・・・ちょっとでかいな・・・・。これは・・・なんか臭いな・・・。これは・・・ケチャップシミついてるし・・・・。えと・・おお!これいいじゃん!調度だよ」

そのとき、ジェノバは背後に人の気配を感じた。

「おおジロウ、お前に調度のが・・・・・何で全裸なんだよ!」

「いやシャワー・・・」

「いや確かにシャワーは全裸で浴びるもんだけど!終わったらまた服を着るもんでもあるんだよ!」

「わかってるけど・・・あのジェノバ中尉・・・」

「いや近づくんじゃない!お前、そっちの気があるんじゃないだろうな?まさかそれで男ばっかりの連邦軍に!?『俺の中の正義』ってそういうことだったのかよぉぉおおぉ!」

「違ェよ!」

 ジロウは一人早とちりしたジェノバにことの説明をした。

「そうかそういうことだったのか。まぁまた着たら意味ないよな・・・・」

「そうでしょう」

「うん、それはわかった・・・・。でも何で君はまだ全裸なの!?」

「いや制服はあるんだけど・・・・。パンツがなくて・・・。ノーパンのままズボンはきたくないし・・・」

そう言いながらジロウは全裸のままでロッカールームの中のものを物色しだした。その光景を見かねたジェノバはベルトに手をかけた。
「しょうがない・・・、俺の・・・」
ジロウはジェノバが何をしようとしているのかすぐにわかった。
「ジェノバ中尉のはいらねェよ!それにしても困ったな・・・。この艦には新品の下着はないの?」
「いや、ある。兵士の支給品の在庫がある。内務全般の担当の先生に用意させよう」
「あるんじゃないか」
「ここにはないってことだ。で、それまでどうする?」
ジロウは辺りを見渡すと小奇麗な布を見つけた。それを口で裂き腰に巻きつけた。
「これで我慢するよ」
「そうか、じゃあ後で貰ってきてやるよ」
「俺はこれからどうすればいいんだ?」
ジロウはとうとう連邦軍の制服に手をかけた。まずズボンに足を通す。
「ああ、地図貸せ・・・。ここの・・・・ここに入ったら上官がいるからそいつの命令に従え」
「わかった」
そのとき、上着の袖に腕を通した。そして前をとめた。生まれ変わったような心地がした。とてもすがすがしい、夢が現実となった充実感。一瞬、戦争を忘れてしまいそうになったほどだ。
「ほれ、階級章だ」
そう言いながらジェノバジロウに向かって放った。それをしっかりと、右手でキャッチして見ると
「これは・・・・」
「連邦軍の階級章だよ。お前は一応志願兵だから二等兵から始まるんだよ。それは襟につけるやつで肩のやつと認識票はまたあとでやるから」
それは何の模様も入っていない青い長方形のバッジだった。その嬉しさときたら階級なんかはどうでもよかった。しかしずっと二等兵では何も出来ないことも知っていた。
「昇進するにはどうすればいいんだ?」
「まぁ、成績が良ければ上等兵になれる」
「成績って?」
「成績は成績だ。あとなァ、俺は中尉で二等兵のお前よりずっと階級が高いんだちょっとは言葉にも気を使え」
「あ、わかった」
「まぁ二等兵じゃお前の望むようなことはできないだろうけど・・・・いや昔、そんな二等兵もいたか・・・・」
「え?」
「・・・・じゃあ俺行くから、さっき言ったところに行ってさっさと仕事して来い。じゃあな」
こうして二人はようやく別れたのだった。
 格納庫では慌しく機体の整備が行われていた。一体につきニ、三人で取り掛かっている。その中にジェノバもいた。
 何しろ人手不足なのだ。だからパイロットも自分の機体は自分で整備をしなければならない。ホンコンシティに着くまでは海中を進行するので攻撃される確立は恐らく低いだろうが、いずれはやらなければならないことだった。
 「おい、そこのフレーム取ってくれ」
モビルスーツの足元で作業している、正確に言えばサボっている兵士にジェノバは指示を出した。サボっていた兵士は慌ててフレームを渡した。
 ジェノバの乗機はリ・アーノというモビルスーツだ。隊長機なので肩の部分だけが通常は白だがオレンジにカラーリングされていた。久しぶりに起動させることになるので古いパーツを取り替えているのだった。
 「それにしても、本当に屋上から飛び降りたんですか?」
作業している部下の兵士がジェノバに訊いた。
「そうだよ、余裕だったけどな」
ジェノバはその兵士の顔は見ないで作業を続けながら答えた。
「そんな危険なことしないで後から戦闘機かモビルスーツに乗って追っかけて来ればよかったじゃないですか」
「基地が厳戒態勢で機体は出せなかったんだよ」
「そうだったんですか・・・。本当に無事でなによりです」
「そうか・・・ありがとう・・・・ってお前タイシェトじゃねェか!」
「はぁ」
「お前こそ生きてたのかよ!撃墜されて俺より大変なことになってたのに・・・」
「いや・・・なんだか大丈夫だったみたいで・・・。軽い打撲だけですみました」
「・・・・そうか。ああそうだ、ここには誰が配置されてる?」
ジェノバは地図のジロウが入ったところに指を指した。
「ここはヒロタじゃないですかね・・・。どうかしたんですか?」
「いや別に。ヒロタ?知らねェな」
「今回の任務が初めての新兵ですよ。基地にいた唯一の新兵で、一年の訓練経験があるんで、一等兵です」
「ほう・・・・」

 ジロウは無事にそこにつくことができた。そこは調理室だった。急いで運び込まれたのか材料や調理道具、なべ類がダンボールに入れられたまま乱雑に置いてあった。
 奥に若い兵士が立っているのが見える。ジロウはその兵士こそジェノバが言った上官だと思って話しかけた。
「あの・・・、ここで命令に従えって言われて来たんだけど・・・・」
腰に両手をあてている兵士はその言葉に振り返った。
「ああ、お前がジロウか!話は聞いてるよ。俺はタウェン・ヒロタ一等兵だ。歳は十七歳、お前より階級は上なんだからここでは俺のいうことに従うようにな。早速仕事にかかってもらうが・・・・」
「仕事って?」
「まずここにある材料や道具類の整理だ。きちんと収納するんだな。それから清掃だ、こういう場所は衛生管理をしないと兵士が病気になってしまう。次に夕食の支度、その後片付け、そして夜勤の兵士への夜食の支度」
「それだけ?」
「次は朝食、片付け、昼食、片付けと続く。途中三時間の睡眠が与えられる」
「あの・・・モビルスーツに乗ったりとかは・・・・」
その言葉にタウェンの目つきが厳しくなったの見て
「じゃあ整備とか・・・・」
タウェンは次の瞬間思い切りジロウの顔に顔を近づけて言った。
「お前はメカニックじゃないし、ましてやパイロットでもない。お前はただの二等兵なんだよ、ゴミ同然のな。仕事を与えてもらえるだけ感謝しろ」
「はぁ」
 こうして二人は仕事に取り掛かった。棚や冷蔵庫に鍋や食品をしまっていった。ジロウはやっている途中ずっとこんなことがしたくて連邦軍に入ったんじゃないと思っていたが、今はまだ仕方がないと考えた。
 そのうち地味な作業の中、二人の間に会話が生まれた。
「で・・・お前、勝手に戦闘機に乗るなんて無茶やってくれたんだってな」
最初に口を開いたのはタウェンの方だった。その言葉にジロウは無言で返した。
「お前みたいな奴が死ぬのは勝手だけどな、そういうことをされると連邦軍に不平がくるんだよ。大体、何でそんなことしたんだよ」
ジロウは作業を続けながら言った。
「何で戦闘機に乗ったかなんて覚えてないよ。ただその後二機戦闘機を落したってのは確かだけど」
「結果オーライとでも言いたいのか?まぁそのうち軍法会議が行われるだろ、一応軍人になったんだからな」
タウェンの顔は不機嫌そのものだった。
「大体テメェのようなガキが何で軍人になりてェんだよ。おとなしく勉強でもしてろよ・・・・」
ジロウがガキ、と言っても年齢はタウェンと三つしか違わないのだが。正式な訓練を経たタウェンにはそう感じるのだった。
「何で連邦軍に入ったかなんて訊かないでくれよ、そんなの連邦軍人なら皆一緒だろう?正義を守るため、違う?」
「・・・・・・」
タウェンは言い返すことができなかった。何を言い返しても無駄な気がしたからだ。

 そして二人は作業を続けた。

 「どうしてですか!?」
ル・マンはモニターに映っている連邦政府関係者と思われる人間に大声を上げた。
「上層部の決定だ、貴官に決定権はない」
「じゃあ奴を野放しにしていいと言うのですか」
「野放しとは・・・・。貴官ほどの有能な軍人ならうまくやることはできるだろう?」
「ぐ・・・、では戦闘機の件も見逃すのですね」
「見逃すも何も・・・、大した手柄じゃないかあれは。敵機を二機も撃墜している」
「そうですが、しかし・・・・」
「少佐、詳しい計画の内容は君に教えることは出来ない。とにかく君は我々の駒の一端として働いてくれたまえ。それでは扱いには十分気をつけるんだ、完全にこっちの物になる前に覚醒して同調されてはおしまいだからな。もう一人、連邦の手の中にいる。二人とも引き入れれば我々の勝利は間違いない。では頼んだぞ・・・」
モニターは一瞬にして色を失った。そしてわなわなと震えるル・マンだけが残された。
「私の下で自由にはさせん・・・・」

 「ふう・・・右腕部の反応がいまいちなんだよ、これ・・・・。お、もう三時か、休憩にしようじゃないか皆の衆」
「あ、俺、飲みもんとって来ます」
「おう、頼むわ」
 そのままリフトに座り込んだジェノバ中尉は一息ついた。この調子で新米たちが入ってきたら、と考えると先が思いやられる。
 「さ、中尉どうぞ」
「お、サンキュ」
ドリンクのストローに口をつけたそのときだった。
「ジェノバ中尉!」
一人の兵士が息を切らして格納庫に飛び込んできた。
「何だよ・・・」
一端ドリンクを床に置く。
「いや・・・あの・・・ロ、ロレーヌ中尉が・・・・」
息切れとはまた別の理由で言葉に詰まった。
「おうロレーヌがどうした・・・?そういや今日は会ってねぇな。もうこの艦には乗ってんだろ?」
「いやそれが・・・ついさっきロレーヌ中尉の遺体が発見されたって・・・・」
「何だと・・・・」
とりあえずジェノバは床のドリンクを手にとって口をつけた。
「嘘だろ・・・・・!」
その怒りと悲しみに満ちた眼に周りの兵士は息を呑んだ。彼らもまた普段からジェノバとロレーヌの関係を知っていた。
「これグレープじゃねェか!俺が好きなのはアップルだっていっつも言ってんだろ!」
「あ、すいません・・・。ドリンクのことだったんですか」
「あの中尉・・・ロレーヌ中尉のことは・・・・?」
もう一度ドリンクを床に置いてジェノバは答えた。
「あァん・・・・、あいつが死んだのは事実なんだろ。忘れろ・・・・とは言わないが、考えるな。ここで感傷に浸ってもどうすることもできねェ。・・・そう・・どうして死んだんだ?」
「それが戦闘機が被害後の街の上空を警戒していたところ郊外の草むらの中に遺体を発見したらしいんです」
「らしい?らしいって何だ」
「あ、いえ発見したんです。それで遺体の胸には銃で撃たれた後が・・・」
ジェノバはアップルが好きと言っていた割りにドリンクを飲み干してまた床に置いた。
「殺されたのか・・・。ならいい、あいつは兵士だ。戦って死んだんだ」
「あとですね・・・!マーク・オルクス少尉とバーゼル・ノーサンプトン少尉も行方不明になってまして・・・・・」
そのときジェノバは昨日のロレーヌの話を思い出していた。
「・・・・調べるように言っとけ」
「はッ!」
その兵士はサッと踵を返すと格納庫から飛び出していった。
 カーン、カーン、カーン
「て、敵機と思われる新型モビルスーツ接近!第一戦闘配備ッッ!」
 慌しかった格納庫に電撃が走りさらに慌しくなる。
「おい、ここは海中だぞ!?俺が出てもいいが、リ・アーノだと海中じゃ戦力が半分だぜ」
「しかし、今整備が整っている機体は中尉のリ・アーノとフューエル三体だけですので・・・」
「出ないよりは、ずっとましか」
ジェノバはリフトの昇降スイッチを押した。リフトは上へ、リ・アーノのコクピット部へと上がる。
 ちょうど人間の部位でいう『みぞおち』の部分にコクピットがある。素早くハッチを開け乗り込んだ。
 「え・・・と、よし!これが・・・こうで・・・アレ?海中で戦艦のハッチを開けたら海水が入ってくるんじゃないのか?」
モニター右下にオペレーターの顔が現れた。
「大丈夫ですよ、下部のハッチを開けますから。それに正面ハッチを開けても海水が入ってこないような設計になってますから」
「ふゥん、ハイテクなんだな。んじゃ行きますか、ハッチ開けろ。出るぞ」
宇宙世紀の幕が開けてもう二百年も経つというのに未だに人間が操縦する機械で戦わなければならない。この現実は恐らく少なくとももう百年は変わらないだろう。
 科学の進歩は確実に人類の戦い方を日々変えている。しかしそれと同じ速度でその新しい戦い方を無効化する方法も生まれていることも事実だった。元来、モビルスーツで原始的に戦わなければなくなった理由はミノフスキー粒子が通信網を狂わせるからだ。そのミノフスキー粒子を解消したところでまた新たな粒子を散布すればいい訳で結局もとの場所に戻ってきてしまう。また核兵器のような代物も無効化することが出来るシステムもあるらしかった。もっとも核兵器を使えば人類滅亡は間違いないだろう。そんな戦争に意味はない。だから人間を使うことなく、敵に甚大な被害を与える戦争など夢のまた夢。
 こんな時代になっても百年以上前と変わらぬモビルスーツ同士での、生身の人間同士での戦いになってしまう。モビルスーツの性能は向上したがそれは敵もおなじことだ。また無人モビルスーツもあるが人間の持つ一瞬の機微や判断力には追いつかない。融通が利かないのだ。つまりパイロットの能力が勝敗を左右しているのだった。
 そんな科学技術のいたちごっこの中でパイロットは自分の腕を信じて戦うのだった。
 ジェノバのリ・アーノを筆頭に次々に二体のフューエルが海中に入った。
「敵は?」
「・・・・照合データなし、新型ですね・・・・・」
「つーことはテロリストか、レジスタンス・・・・ち、この艦にアレを積んでるってのがばれたか・・・?」
「三時の方向、三体、来ます」
 敵モビルスーツ四体、動きが速い。見たところ水中用特有の流線型のフォルムをしている。明らかにこちらが不利だった。リ・アーノはもちろん、フューエルだって水中用ではないのだから。
「何で潜水戦艦なのに水中用モビルスーツがねェんだよ!」
ジェノバは回線を開いてオペレーターに言った。
「ありますよ。でも整備がまだなんですよ、水中用は時間が掛かるし・・・・」
「じゃあリ・アーノなんかより先にやっとけよ!」
「中尉が俺のからやっとけって言ったんでしょうがッ!」
「うん・・・・まぁ・・・。四体か・・・どうしたもんか」
 敵モビルスーツは小さかった。しかも素早い。水中なのでもちろんビーム兵器はほとんど無力化される。とすると、実弾か、最低ビームサーベル、ぐらいか。
 ドンッッ
「!」
水中でも音ははっきり伝わった。
「おい!コアール!大丈夫か!?」
「ええ・・・何とか・・・」
乱れる音声の中からコアール少尉の声が聞き取れた。しかし息つく間もなく、二発目、三発目。
 ドンッ、ドンッッ
「は・・・・が・・・・死に・・・・・・!」
水中爆発、凄まじい。
「コ、コアール!」
ジェノバの声もむなしく、コアール少尉は海の藻屑と消えた。
「中尉!奴らは!?」
残り一体となったフューエルのパイロット、マドラスが言った。
「奴ら直径三〇センチ程度の鉄球を超高速でぶつけてきやがる。恐らくその中には小型だが強力な爆弾が入ってるんだろ。フューエルの装甲なら三発も直撃したら終わりだな」
絶えず的にならないように機体を操りながらジェノバは答えた。が、そんな間に鉄球が撃ちこまれる。敵は一〇〇メートル先の岩陰に隠れてこちらを狙撃しているような格好になっている。
 ジェノバはブースターのペダルを思い切り踏んだ。噴きあがって海面方向にリ・アーノは浮上した。ジェノバ専用機なので通常仕様に比べて少し性能が高いのだ。それは火力の面でもいえた。上からバルカンで牽制を試みるも意味なく、鉄球の恐怖は変わらない。
 フューエルに乗るマドラス少尉も一回転、二回転、ロールしてなんとかかわす。が、当たるのも時間の問題─
 ドンッ
「ぐわぁッ!」
マドラスの乗るフューエルにもとうとう被弾してしまった。幸い右腕に当たったので致命傷には至らなかった。しかし、このままでは・・・。
 「おいッ!マドラスッ!お前とコアールの他にもう一体フューエルがいただろ!?」
「ええ!チョノスの奴がいるはずですが!・・・・いませんッ!」
「何やってんだ!しょうがねェ!岩陰に一旦引け!」
 リ・アーノとフューエルは息を潜めて、岩陰に隠れた。敵は接近戦は苦手なのかこっちに近づこうとはしなかった。戦闘は一時停止になる。
「くそ・・・・ポセイドンも援護してくれてもいいじゃねェか」
オペレーターが答えた。
「ポセイドンは緊急発進を余儀なくされた艦ですから戦闘準備なんかありませんよ!むしろ被害を防ぐために戦闘海域から一旦引きましたよ!」
「俺達は囮か」
「もう一体フューエルを発進させたのでそれでなんとかしてください!」
「そうかよ・・・」

 バカな男だ。こんな時にトイレに入っているなんて・・・・。自分を戒め、チョノス少尉は今やっとフューエルに乗るため、リフトに向かって走っていた。
 そしてここに血液の温度が一度上がっている男がいた。ジロウその人だ。
 「チョノス少尉、出ます!」
走ってきた少尉はリフトに飛び乗った。それからジロウも─
「な、なんだ!?」
「おい、俺が出るから、引っ込んでな」
そう言ってジロウはチョノス少尉のフューエルに乗り込もうとした。
「おい!何言ってんだ!危険だから下がって!」
「ああ!うるせェな、オラよォ!」
 ジロウはリフトの下降ボタンを押した、というよりはたいた。そして素早くリフトを蹴ってコクピットに跳んだ。
 動き出したフューエルは出撃した。

 「どうだ?」
「動きませんね、ずっとこっちを狙ってます」
 依然としてマドラス少尉のフューエルとジェノバ中尉のリ・アーノは岩陰に身を潜めていた。
 このままではやられる。
 そのとき、レーダーに新たな機影が映った。
「どいつ!?フューエル!?チョノスが来たのか!?」
しかし違った。フューエルではあったが、パイロットは。
「大丈夫か!?」
通信回線から聞こえてきたのは少年の声だった。
「おい・・・・ジロウか?」
「おう」
「おうって・・・・」
「誰ですって中尉!?」
マドラスは言った。
フューエルは静かに岩陰にの二体の前に立った。
「さて、お二方、そろそろ行こうか。俺が来たことだし」
「面白れェ」
「ちょ、ちょっと中尉!」

空気が変わった。もっとも海中に空気はないが─
瞬間、息を呑んで岩陰からフューエルが一体飛び出した。
 ドヒュッ、ドヒュッ
 鉄球が飛んでくる。なすすべなく全弾命中。
 「うだらァァァ!」
 雄たけびを上げたジェノバとリ・アーノはマシンガンを連射しながら岩陰から出た。
「オラオラオラ!この野郎ォ!」
マシンガンを撃つもそれは威嚇射撃なのだ。本当の狙いは別にある。
 敵のモビルスーツはマシンガンを乱射するジェノバより岩陰から海面に向かって飛び出してきたフューエルを選んだ。
 実際、リ・アーノは岩陰から出たといってもうまくこの岩礁地帯を使って鉄球で狙えるかぎりぎりのところにいた。
 飛び出していたフューエルは鉄球によってグシャグシャに変形していた。
 「今だ!行け!」
ジェノバの合図でもう一体のフューエルも飛び出した。前のフューエルとは反対の方向に出たが、やはり集中砲火。
 「ああぁぁぁがぁぁぁぁッッッ!」
さらにリ・アーノは当たりもしないマシンガンを乱射する。一歩下がって見ればそれはもう狂気の沙汰にしか見えなかった。
 そして最初に飛び出したフューエルはついに大破。もう一体もあと数分。

 「なんなんだこいつら!死にたいのか、頭がおかしいのか!?」
敵のパイロットの一人が言った。
「まァいいじゃないか。死にたいのなら望み通り」
 敵の言うとおり頭がおかしくなったのか。
「うきゃあああ〜ああちゅらちゃああッッ!」
ジェノバはさらにマシンガンを乱射、乱射、乱射。一発も当たらない。
 「ちっ、もういい!あっちの奴はほっとけ、それより先に、飛び出したもう一体の方をに止めだ」
 ジェノバはもう敵に相手にされなくなっていた。
「このォ!」
敵の鉄球の前に遂に最後のフューエルも大破し木っ端微塵になった。
「よし!あとはあの狂った奴だけだ!」
「どこだ!?」
「三時の方向にいます!」
敵は言った。
 「新米なんだろう。だから良かった、かたまって動くから」
 光った。ビーム。
「ああ!?ああ!」
気づいたときには死んでいた。
 「一発、一発でいい」
 リ・アーノはビームライフル全弾分のエネルギーを一発に集めて撃った。それは敵の一体を貫き、誘爆で鉄球は次々に爆発した。密集していたからだ。
 敵の目は完全にフューエルに向けられ油断しきっていた。

 プシュー─
 ポセイドンにジェノバ中尉のリ・アーノが帰艦した。
 コクピットのモニターにオペレーターが出て言った。
「ご苦労様です。任務完了ですよ、中尉」
「ああ」
 コクピットのハッチが開きジェノバが降りてきた。チョノス少尉がジェノバに駆け寄る。
「すいません、中尉・・・あの少年でなく私が出ていれば・・・・あの少年が死ぬことは・・・・」
チョノスの眼には涙が。
「な、泣くなよ・・・・」
「何ですかその言い方は!人の命が無くなったんですよ」
「いや・・・・」
そのときリ・アーノから声が聞こえた。
「死んでねェよ」
ずぶ濡れのジロウが降りてきた。その後ろにはマドラスもいる。二人は生きていた。
「お・・・お前ら・・・。で、でもコアールは・・・」
「ん?コアール?そうか・・・・おい、コアールこっち来い」
するとコアール少尉も通路の影から出て来た。
「ほ、本当はもっと早く助かって来たんだけど、何かテレくさくて・・・」
恥ずかしそうに言った。
「そういうことだ」
「じゃあ・・・全員・・・」
チョノスはやはり泣く。
ポセイドンの格納庫に泣き声と笑い声が一緒になって飛んでいた。
 「この作戦はジロウが思いついたんだ。フューエルからリ・アーノに乗り移って戦うってな」
「ジェノバ中尉の射撃の腕があったからできたんだ」
周りはザワつく。
 「これからは俺もチームで戦わなきゃねェな。モビルスーツ小隊だ。隊長は俺。どうだジロウ入るか?」
「入るよ」
そのとき三人が声を上げた。
「お、俺たちも・・・」
それはコアールとチョノスとマドラスだった。
「よっしゃ、じゃあ隊の名前が欲しいな・・・・・。タイターン隊ってのはどうだ」
「昔の連邦軍にティターンズってのがあったな・・・。それと意味は同じですよ・・・」
マドラスが言った。
「いいんだよ!別に」
「何でタイターンなの?」
ジロウが訊いた。
「昔、俺の仲間にベースボール好きの奴がいてな・・・・、そいつが嫌いなチームがタイタンズだった。俺はベースボールに興味はねェが、お前を見てたら昔を思い出したんだよ。そいつのことも一緒にな」
「じゃあ何で嫌いなチームを?」
「今は・・・・違うから」
 そして兵士達は持ち場に戻っていく。ジロウもとりあえず厨房に戻ることにした。きっとタウェン一等兵は急に飛び出した自分を怒っているだろうなと想像すると、なぜか笑えた。

 

 

 

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