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第三章 地球連邦軍極東支部第七戦闘機基地

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「ちぇ、サブロウのヤツ本当に行っちまいやがった」
ゴロウはサブロウが行った方を十数秒見据えていた。
 コンビニのほうを見て
“やっぱりやめようかな”と思ったのは店の前に連邦軍の車が止まっていたからだ。
 今の世の中、連邦軍はどこへ行ってもイヤな顔をされる。それはこんなコンビにでも同じ事だった。
“よし、万引きなんてやめよう。そして明日サブロウに謝ろう”
そう決意したゴロウはコンビニに入った。
 今の時代、コンビニと言っても、店員なんかいやしないし商品もバカみたいに置いちゃいない。置いてるのもは少しの食べ物とマンガくらいだ。科学が進むと人は必要なくなる。進みすぎると、人は生きているだけでいい。今の社会はそこまで行っちゃいないけど、コンビニに店員はいない。全てレジのコンピュータが受け付けるし商品だって機械が奥から運んでくるだけ、後はカードで事は済む。お金でも通じるけど今時サイフ持って買い物するヤツなんていない。マンガが置いてあるのは、今はコンピューターでマンガやアニメを見るのが主流になったからこそ最近昔ながらの雑誌がブームになっている。いわゆるレトロってヤツだ。
 ゴロウはコンビニに入った。連邦のヤツがいるけど気にせずマンガでも読もう。今日は新刊の発売日のはずだ。
 ゴロウは雑誌を手に取り読み始めた。最近は『機動戦士ガンダム』っていうマンガが人気で昔の1年戦争をモデルにしたノンフィクションストーリーだ。
 ゴロウは毎週欠かさず読んでる。中でも好きなキャラクターは『スレッガー・ロウ』という連邦軍の人だ。今は旧サイド4テキサスコロニーの所の話だ。
 一ページ、二ページとページをめくる。
“今、サイド4はアウターコロニーなんだよな”
少しどんよりした空を見上げてこう思った。
 後、一ページで読み終わる時だった。
「おい、お前」
ふと見ると、隣で同じく雑誌を立ち読みしていた黒人の少年に白人の連邦軍人の制服を着た男が話し掛けていた。少年の歳はゴロウと同じくらいだった。
「ふ〜〜、このコンビ二は黒いブタ野郎が入ってもいいのかよぉ」
男はわざと店中に聞こえるように言った。少年は言い返すこともなく、下を向いていた。
「おい、どうにか言えよ。それともブタ語で言わなきゃ、わかんねぇのかい?」
男は言葉を続けたが少年は何一つ言い返さない。
 こんな時代になってもくだらない人種差別はなくならない。いつだって思い上がった白人が有色人種をバカにする。
 今の場合、白人の上、連邦軍人。いくらこちらに大義名分があろうとも逆らえるはずはなかった。
「いいかげん、何とか言えよ」
男がそういった次の瞬間
 バキッッッ

「なに、今の行動に意味はねぇ、単なる悪意だよ」
男は少年を殴りつけた。すると少年は顔を上げた。
 その少年の目には極めて鋭い眼光があった。黒い顔の中で目だけはギラギラ光っている。
 男はその目を見て一瞬ひるんだが再び喋り始めた。
「なんだぁ、その目は。黒人の分際で」
少年の眼光は衰えることはなかった。
「き、貴様、我々連邦軍人に逆らうつもりか・・・」
そう言うと男は外の車の中の仲間を呼んだ。
 「おい、こいつを車に積み込め」
『これ』とはきっとその少年のことだ。男の仲間は少年の腕を掴み連れ出そうとした。
 “俺には関係ない。相手は連邦だぞ、知るか。触らぬ神に祟りなし、だぜ”
ゴロウは一部始終を見ていたが助けようという気持ちにはならなかった。もしここで口出しすれば自分もうまくないことを心得ていた。
「おら、こっちだ」
男の仲間が少年の腕を抱え車のほうへ連れて行った。
「へっ、思い知ったか黒人野郎。なめた真似しやがって」
男は言った。
 その時ゴロウは
“サブロウだったら止めるだろうか。俺はこの先の人生ずっとこうして背を向けて生きていくのか・・・・。それじゃ、ダメだ。止めようか”
次の瞬間ゴロウの左手は男の右肩にあった。
 
 「なんだお前。その手は」
「なんだはないだろ。今までのこと全部見ててよ、ありゃねぇだろ。帰してやれよ」
「・・・・・お前、中学生か?さっさと家に帰って勉強でもするんだな」
「お前もあいつ、放してやれよ」
「・・・・・・」
男は言葉もない、といった感じだった。そしてそのままゴロウに背を向け店を出ようとした。
「おい、待てよ」
ゴロウがそう言うと男は立ち止まり、ゆっくり振り向いた。しばらく黙ってこちらを見て言った。
「いいか坊主、俺は、黒人は殺したいほど嫌いだ。それとな、黒人の味方するやつも嫌いなんだ。いいか、これが最後だ、もう俺達に構うな」
男がそう言うと同時にゴロウが言った。
「そういう問題じゃないだろ」
そう言われた男はゴロウの右手を見た。それを見たゴロウも自分の右手を見た。すると、夢中になっていて気づかなかったがその手にはさっきまで読んでいた雑誌が握り締められていた。
「万引きかね」
ゴロウはその言葉にあっけに取られ言い返すことを忘れていた。
「よし、お前も連れて行ってやる。万引きと公務執行妨害でな。ホラ来い」
「え・・・おい、やめろ。放せよぉ」
ゴロウの声は無力。男は一割の力も出していないだろうが。しかしゴロウはどんなに力を入れても、男に掴まれた手を振りほどくことはできなかった。
 キチチチチチッ
 キチチチチチッ
 キチチチチチッ
 キチチブンブンッブロロロ・・・・・
「ふう・・・・」
男の仲間が一息煙草をふかして言った。
「ヘイ、マーク、よかったのかい?いくら黒人だからといって、あそこまでしちゃあ・・・」
「フン、いいさ。あんな黒ブタ野郎、上のほうには俺が何とかしとくよ。大丈夫さ・・・・」
そう言うと男『マーク』はアクセルを強く踏んだ。
 車は軍用ジープだった。二人は荷台に乗せられた。二人の間をしばしの沈黙がつつんだ。

 「大変・・・なことになっちゃったな・・・」
「うん、ごめん・・・・」
「いや謝ることはないよ。それより、こんなことになったのも何かの縁、俺の名前はゴロウ、君は?」
「うん、僕はアラン。さっきはありがとう」
「いいって。つーか、これからどうするか考えようぜ。力を合わせれば何とかなるって。な、ほら元気出せよ」
「え、僕、黒人なのに仲良くして・・・くれるのか」
その言葉から今までよほどひどい人種差別を受けていたことがわかった。
“そういや、人種差別なんて、テレビでしか見たことなかったもんなぁ。実際見ると、やっぱ心にくるもんがあるもんだ”
「関係ねぇよ、そんなの。それに俺だって黄色人種だしな、仲良くな仲良く」
「そうか、そう言ってくれるとうれしいよ」
「それじゃあ、これからどうするよ」
「ぼ、ぼ、ぼ僕は悪くくくないっっ」
アランがあまりの勢いで言うからビビッた。
「あ、ああ、それはわかってる。それで今、この状態からどう行動していくか、ってことだよ」
“ふー、こいつ、ちょっとマトモじゃないぞ。精神状態が不安定だ。まぁ、無理もない、あんな風にされちゃあ・・・・”
「僕はどうすればいいのかな」
「いいかアラン、お前が言うとおり俺達ゃ悪くない。今の俺達にはそれしかないんだ。きっと連邦軍に連れて行かれたところで何もない、偉い人はわかってくれるよ。それに幸い荷台での会話は運転室には聞こえない。焦ってもどうしようもないしな」
「ああ、ありがとう。少し落ち着いたよ」
二人は深呼吸をした。
 二人ともしばらく喋らなかった。互いに、自分がおかれた状況を整理しているのだった。しかし、このまま、黙っているのも精神的にまいるのでゴロウが口を開いた。
「アラン、君はあの街に住んでいたのかい?」
「いや僕は元々もっと遠くの街に住んでいたんだけど最近こっちに越してきたんだ。前に住んでた街は田舎だったから、コンビニなんかなくて、めずらしくてね、雑誌、読みたかったんだよ・・・・」
 時代が進めば進むほど科学も進歩していく。だが、それは、都会と言われる地域だけの話である。と言うのは、人類が宇宙に生活を置くようになってからも地中、宇宙を問わず、数多くの戦争が起こった。すると、環境汚染が進み、地球では都会地域は環境回復することはできたが主要都市以外の地域は環境を回復する為に科学力を集約させた為、生活の様子が十九世紀後半まで戻るという結果になってしまったのだった。
 「そうだったのか。んじゃあ、落ち着いたところで、きちんと自己紹介しようぜ。俺の名前はゴロウ・マエダ、中学三年生。えっと・・・好きな食べ物は・・・・カレーライスかな・・・?」
「うん、僕の名前は、アラン・クライスト。歳は十四歳、十四歳で中学二年。好きな動物は犬です」
「犬が好きなのかよ」
「君こそカレーライスだって」
フフフッ
ハハハッ
アッハハハハハッッフハハハッッッ
 二人は初めて笑った。
 車は更に加速して行った。
 マークは四本目の煙草を吸い終わった。
「もう、そろそろだな、あの計画はどうなってる」
「さぁね、技術開発部のやつらに聞いてくれよ。オラァ、レジスタンスやアウターのことやらで忙しいんだからよ。その上、今日お前がまた問題増やすからな。一体どうするつもりだあの2人・・・・・。まかさ・・・・いや、慌ててまかさって言っちまったぜ。まさか、お前・・・・・」
「その、まかさだよ。臭いもんにゃフタすりゃいい。そう、アウター行きだ」
そう言ったマークの目を見てバーゼルは息を呑んだ。
“オー、ノー。マークのヤツ、キレちまってる。あんまし話しかけねぇ方がいいようだぜ”
 このマーク・オルクス少尉という男は士官学校をトップレベルで卒業するエリート士官だが、二十八歳で未だに少尉だった。普通ならこれだけのエリート、大尉か中尉ぐらいでもおかしくない。しかしこのマーク少尉の性格から昇進することはなかった。この男の中に凄まじいほどに負のエネルギーが秘められているからだ。それを上層部は感じ取り昇進させることをしなかった。
 マーク少尉は自分の過去を話すことを嫌った。理由はわからないがとにかく話したがらなかった。いや、話せる相手がいなかったのだろう。マーク少尉は友達と呼べる人が少なかった。と言うよりいなかった。いやいた、たった一人友と呼べる存在がいた。それがこのバーゼル・ノーサンプトン少尉だった。
 バーゼル少尉とマーク少尉は同期。新兵の頃は先輩の士官にこき使われていたものだ。日ごろ、あまり喋ることがなく友達もないマーク少尉に話しかけたのがバーゼル少尉だった。
「俺、バーゼル。大人になってこう言うのも何だけど、仲良くいこうぜ、な」
「え、ああ、俺はマークだ。よろしく」
この時、一見、マーク少尉は軽く答えた様に見えるが、心の中では感動していた。それは今まで見た目が暗いと言われ、避けられていた自分に話しかけて来てくれたのと、もう一つ、悪く言えばガキっぽく、良く言えば純粋に話しかけてくれたことに感動しているのだった。それ以来二人は友となり親友となった。
 今回、コンビニに来ていたのは基地から研究所へ行った帰りに少し小腹が空いたので、少し寄っただけだった。ただのそれだけのことだった。
 荷台では少し話が弾んでいた。
「・・・・っていうことが学校であってよ」
「いいなぁ、そういうの。学校って楽しいな」
「アランの行ってた学校はどうなんだよ」
「うん僕の通ってた学校は全校生徒三十六人の小さな学校でね。でも皆仲良くしてたよ。楽しかったなぁ」
「いいじゃねぇか、幸せなんて人それぞれよ・・・・。そういや、あん時だってサブロウが先頭になって行ったなぁ・・・。サブロウよ・・・・俺、まだお前に謝ってねぇのになぁ・・・。こんな所来ちまって・・・・本当・・・に」
涙が出てきた。なぜ!なぜあの時あんなこと言わずに一緒に帰っていれば!
「・・・ちくしょ・・・ちく・・・・しょ・・う」
アランも詳しくはわからないがゴロウのその姿を見れば何となくわかった。
「その、サブロウって人と仲良かったのかい?」
「ああ、伝えなきゃない大切なことがあるんだ」
「今はできなくとも、いつか言うことができると思うよ。よくわかんないけど、そういうもんだと思う」
「ああ、ああ」
今までずっとゴロウが兄の様になって言ってきたのに、今、アランがゴロウに言った。それは、ありふれた言葉だったけどゴロウの心に確かに響いた。
 地球連邦軍第七戦闘機基地。入り口に入って廊下を進み突き当たりを右に曲がり更に二十メートル進むとそこは連邦軍人達の憩いの場だ。ある者は家族の話、ある者は金の話、ある者はギャンブルの話、そして少しだけ仕事の話をする者がいた。皆、賑やかにやっていた。
 ウィーン
ドアが開いた。
「おい、寒いから、早く閉めろよ」
入って来たのはウスリー・ハイデラ中佐だ。
「あ、中佐でしたか」
「はい、はい、はい、皆仕事、仕事。ほら、ほら、ね」
中佐は手を叩きながらいつもの調子で言った。
「ところで、諸君、マークのヤツは何処行った?」
「マーク?ああ、マークなら研究所に何か届けに行ってますが」
「そう、大事な文書を預けてあるんだよ。困ったな、いつ頃帰ってくるのか?」
「さぁ・・・?おっ、おーしストレートフラッシュね、フッフッフ」
「俺も、俺もフルハウスだぜ。どーなってんだよ」
「ちっ、ついてねぇ、ついてねぇぜ全くよぉ。誰だよ、ポーカーやろうなんて、言ったヤツは」
「お前だろが、いいからほら、早く出せよ」
「ちぇ、ちぇ、ちぇ、ほらよ」
「毎度どーもね」
「うるせぇよ」
「ところで君達、マークはいつ帰ってくるのかね?さっきから待ってんだけど・・・・ずっと」
「ああ、すいません。マークならそろそろ、そろそろだと思います。なっ?ハハハ」
「う、うんそう、そうですよ」
「まったく、もっと、こう、真面目に働く気はないのかね。君達、来月の給料は覚悟しとくんだな」
「えっ、そ、そんなぁ・・・ちゅ、中佐ぁ。ね、ね、いいでしょお〜」
「き、気持ち悪いな。いいから、いいから、仕事に戻れ、ほら」
「やだなぁ、シャレですよシャレ。ハハハ」
「いいぞー、ワッハハハハ」
ワッハハハハ、ハハウハハハッハッハ。
こんな感じで仕事場はいつも、笑いが絶えなかった。でも、それは、あいつがいない時だけだ。あいつはこんな話をしていると、いつだって、不機嫌そうな顔で、俺達を軽蔑するような目で、睨みつけやがる。確かに、確かに仕事はできるよ、でもそれだけじゃあね。おっとこんな話、他のヤツに聞こえるとまずいぜ。
 「笑い話もいいがな、いい加減仕事に戻れってんだ。俺の苦労も考えてみろ」
「まぁ〜た、そんな口うるさく、かたーく、いくのやめましょ。だから頭もハゲるんですよ。名前もウスリー、なんて名前だし、もう中佐はハゲる為に生まれて来たんですか、違うでしょう。かるーくいきましょ、かるーく」
「ぬぁにが、かるーくだ、バカ。この苦労は俺みたいに管理職に就いて、初めてわかるんだ、青二才が。フハハハ」
「へー、へー、すいません。それより四時から会議じゃないんですか?もう三時五十八分ですよ」
「し、しまったぁぁ!!貴様、ジェノバ、覚えてろよ」
そう言うと中佐は風の様に走って行ってしまった。
「へっ、行っちまった。さ、皆の者ポーカーの続きをやろうではないか」
 今日も、ここ、地球連邦軍第七戦闘機基地は平和だった。
 「おい、アラン、もう楽しく話してる時間はないようだぜ」
急にゴロウの目が鋭くなったもんだから、アランは驚いた。
「うん」
「どうやら、着いたようだな」
「これから僕達どうなっちゃうのかな」
「さぁな、まぁ、銃殺刑は確実だろうな」
「ええ!?殺されちまうのかい!?」
「嘘だよ」
 バサッッ、荷台の入り口の幌が開いた。
「ううっ」
光が眩しい。今、何時だろうか?と考えると
「おい、降りろ。それとも、ここで撃ち殺されたいか?」
マークの腰にはしっかりと銃があった。
「ひいいいっ、や、やっぱり撃ち殺されるんだっ」
さっきゴロウが冗談で言ったことが頭をよぎる。
 するとマークの横からバーゼルが現れた。
「そう、怖がることはないさ。何もしないからよ」
バーゼルはやさしく言ったがマークはゴロウの腕を掴み、引張った。
「そんなことしなくたって、逃げやしないよっ」
その言葉も届かず、そのままゴロウは引張られて行った。
「あんまりを悪くせんでくれ。マークにゃあ、俺から、言っとくから。君達は事情を話したら、すぐ家まで送って行くからさ」
バーゼルがアランに言ったが返事はなかった。
 「よしっ、よしっ、よしっ、来たっ、来たぞ、今度こそ俺の勝ちだ。悪ぃな、へっへっへっ」
憩いの場ではポーカーが再開されていた。ジェノバ中尉を入れた四人がテーブルを囲んでいる。
「いいか?いいか?いいか?」
ジェノバ中尉が他の三人に一人ずつ言った。その表情からかなりの自信がうかがえた。
「フッフッフ、それじゃあ俺から見せるぞ。そら、ジャックの4カードだ。ほら、ほら、どうだよ、こりゃあ、いただき」
「悪いなジョーカーを入れた、キングの5カードだ」
「な、な、な、なにぃぃ〜〜」
ジェノバ中尉の目から光がなくなった。
「ま、負けた・・・・また、負けた・・・・」
「フフン、あまいぜよ、ジェノバ中尉。そらお前らは?」
「だめだめ、2ペアだ」
「俺なんかブタよぉ」
「んじゃ、また俺の勝ちだな」
「てめ・・・イカサマ野朗めっ、くそう」
「まぁま、そう泣くなよ、今度飲みに行ったら、おごってやるからさ」
「え!?ホント!?ホントに!?」
「ああ、本当さ」
「ワーイ、ワーイ、ロレーヌ君、君ってヤツは本当にいい人だね、うん」
「ったく、全くわかんねぇ男だよ、ジェノバオメェッてヤツァ」
 ウィィーン
ドアが開いた。マークだ、マークが帰って来た。
「よおっ、お帰んなさい、エリート君」
ジェノバ中尉は例のごとくふざけて言ったがマークという男には全く通じない。
「おい、地下第六独房は空か?」
藪から棒にマークが言った。
「ああ、今は空だったと思うよ。けど、どうしたんだい?」
と誰かが聞くと、答える事もなく、振り向き部屋を出ようとした。その時だった。
「おい、返事ぐらいしろよっ、少し調子乗ってんのと違うか?コラ、オイ」
ジェノバ中尉が言ったがマークは黙って出て行った。
「ちっ、俺は嫌いだね、ああいうヤツ。愛想がねぇ、俺の方が階級上なんだぞっ」
「まっ、いいんでない?きちんと仕事してんだからさ」
「仕事するだけが人間かよ。仕事だけなら機械だってできるぜ。人間て字はよ、人の間って書くんだ。人の間からあんまりはみ出ちまうと、最後に痛い目見るのはテメェなんだよ」
「ほっとけ、ほっとけ、それよりポーカーの続きをやろうじゃあねぇか」
「・・・・・くそが・・・・・」

 カツン
 カツン
 カツン
地下室へ向かう階段に三人はいた。階段は屋内だが寒かった。壁を触ってみると、凍りつきそうなくらい冷たかった。
 階段を下りきった所にガラス張りのカウンターがあり、その向こうに管理人だろうか、男が座ってテレビを見ていた。
 マークがコン、コンコン、とガラスをノックすると男がこちらを向いた。
「第六独房の鍵だ。鍵をくれ」
マークが男に言った。
「どしたんだ?その、ボウズ共は?」
「ああ、ちょっと、万引きと公防でな」
マークは軽く言った。ゴロウは大声で違うと叫びたかったが、まだ、まだ言うべきではないとし、言わなかった。
「・・・・そうか・・・わかった、ホラ」
ジャラリと男はマークに鍵を渡した。男は奥へ進んで行くゴロウとアランを見つめていた。
“俺も、この仕事について八年になる。そいつのツラァ見りゃ万引きやるかどうかなんかわかってるつもりだ。ありゃ、ありゃあ、やってねぇ、万引きなんか、するツラじゃねぇ。マークの野郎、一体どういうつもりで・・・・”
 「ホラッ、早く入れよっ」
マークは二人を押し込んだ。そしてドアを閉め鍵を掛け言った。
「もう、少ししたら、お前らがどうなるか教えてやる。それまで、体を温めあって待ってんだな」
ドアについている小窓から言った。
 カツン
 カツン
 カツ・・・
 カ・・・・
 ・・・・・
「どうやら、閉じ込められたようだ」
「いや、誰でもわかるよ、鍵掛けられてたし」
「くそっ、ドアは開かないな・・・・」
「いやいや、だから鍵掛けてたって」
「うーむ、捕まったということか・・・・」
「いやいやいや、もう既にコンビニあたりで捕まってたって」
「これから、どうするか・・・・」
「無事に帰れるかなぁ・・・」
「もう少し、したら多分、もっと偉い人が取り調べに来るはず。その時、本当のことを話そう」
「でも、わかってくれるかなぁ、連邦の人って、評判悪いから」
「皆がみんなそうじゃないって、きっとわかってくれるよ」
「うん、なんだか、そんな気がしてきた。少し安心したらお腹が空いたな」
「そうだなぁ、食いもんもないし、あまり動かないよう、じっと座っているしかないな。ちょうど、毛布が一枚あった、少しぐらいの寒さも凌げるだろう。考えていてもしかたがない。少し休もう」
 一階の一番端っこの休憩室、仕事がない時、マークは大概ここでコーヒーを飲んでいた。あの憩いの場には決して行くことはなかった。
「ふう」
目を閉じて深く息をついた。
「よぉ元気かい?隣、いいかな?」
バーゼルが隣に座った。
「マーク、ジェノバ中尉には俺から、謝っといたよ。もう、気にしてない、ってさ」
「フ、余計なことを」
「なぁマーク、もうこんなバカげた事やめねぇか、あの二人だよ。もう一時間もしたら、家に帰してやらねぇか?」
「・・・・ダメだな、ダメだ」
「いいじゃねぇか、あの時はカッとなったけどもういい、子供相手に大人気ねぇよ」
「大人気ない!?大人気ないだと!?今、帰す方がよっぽど大人気ねぇ、意地がねぇ。今までさんざんやっといて、今更、さっきは悪かった、ゴメンね、なんて言えるか!?俺は言えんね、ダメだ」
「オラァよ、マーク、オラァ、今までお前がどんなに無茶しても、それ相応の理由っつーもんがあって、だから一緒にやっていけた。ほら、あん時、俺らがまだ新兵だった頃、俺が先輩達からいびられてたことあったろ。それを俺がお前に話したらお前、すっとんでって、その先輩、ぶん殴ったろ。すげぇ嬉しかった。お前とならやっていけると思った。でもよ、今回のはダメだ、ゴメンねなんて言えない?それじゃあお前の方がよっぽどガキだぜ。一人で駄々こねて、みっともねぇなぁ、もう一度考えてくれよ」
「・・・・・・・」
マーク少尉は無言、その目は遠くを見ていた。
「とにかく、お前の考えがどうであろうと、オラァ、あの二人、帰すぜ」
バーゼルは立ち上がり休憩室のドアノブを掴みドアを半分開けたところで振り向きいった。
「なぁんか、変わったな、お前。自分を見失うんじゃねぇぞ、俺は味方のつもりだ」
 ガチャン。ドアが閉まった。
 プルルルル
 プルルルル
 プルルル、ピッ
「はい私です、ええ、マークです。・・・・はい、少し邪魔が入りましたが。・・・・・・・・大丈夫です、はい、は、お任せください」
・・・・・・ピッ。携帯電話をポケットにしまった。
「フフッ、バーゼルめ、これから、これからだ、まだ、始まっていない」

 ウィィーン
憩いの場にバーゼルが入った。
「よお、どうした。浮かない顔してよ」
「あ、中尉、ええ、ちょっと」
「あんまし、口出しはしねぇけどよ、お前の相棒のマークだったか、あいつは何かあるぞ、気ぃつけとけ。それだけだ」
「は、はぁ、わかり・・・ました」
自分でも、バーゼル自身も思っていた。ここ、数ヶ月前からマークの様子がおかしいと。確かにマークは暗いヤツだったけど、中身はさっぱりしていていい男だった。確かに無口だったけど自分は仲良く話してた。確かに無愛想だったけど笑うと笑顔の似合うヤツだった。数ヶ月前までは。バーゼルの中に小さな、違和感があった。
 憩いの場には一台、大きな冷蔵庫が置いてある。その中には、兵達の食べ物や飲み物が入っている。ジェノバ中尉はここに入っているジュースをいつも飲んでいた。
「おい、ジュースがねぇぞ、オレンジのヤツ。ありゃ俺のだって言ったろ。誰だよ飲んだヤツァ」
「知らねぇよ。いいだろ、ジュースぐらい」
「む、そう言う、ロレーヌ、お前が怪しい」
「ち、違うよ。俺は飲んでないよ」
「しかし、誰が飲んだにせよ、ジュースがないことは確かなこと。仕方ない、おい、オギュー、オギュー・ワギュー軍曹、いるか」
「はい、ここです。何でしょうか」
遠くのソファに座っている男が手を上げて言った。
「お前、ジュース買って来い。オレンジ、一○○%のヤツ」
「え、ジュース・・・・・ですか。いいですけど、明日じゃダメですか。これからどうしても片付けなきゃない仕事があるんで」
「そうか、じゃあ明日、明日の朝一で頼むぞ、オギュー軍曹」
少し残念そうな顔でジェノバ中尉はソファに座った。そして立ち上がり言った。
「よし、それじゃ、今日はアップルで我慢しよっと」
再び冷蔵庫のドアを開けアップルジュースを取るやいなや、おもむろに一気飲みしだした。
「あ、そのジュース俺のなのに・・・・・」
若い兵士が弱く言った。
「もう諦めろ、中尉の手にかかっちゃ、もう、戻ってこないぞ」
ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ、
「たはーっっ、これだな」
中尉は満足げに言った。きちんとジュースをあった所に戻す。意外にジェノバ中尉は几帳面のようだ。
 大きく、あくびをついて首を回す、腕を曲げ、屈伸をする。腰を捻ると放送が流れた。
『ジェノバ・シッキム中尉とロレーヌ・ロレッタ中尉は至急、第三会議室に来なさい。繰り返す・・・・・・』
この声はウスリー中佐の声だった。
「なんだぁ、ウスリーの野郎、面倒臭ぇな」
「おう、中尉、とうとうクビかぁ?」
「へっへっへ、そりゃいいや」
「俺のジュース返してくださいっ」
それぞれが中尉に声をかけた。
「さぁ、ジェノバ行くぞ」
「あー、はい。行きましょう」
ウィィーン
 二人は出て行った。誰かが言った。
「ジェノバ中尉だけならわかるが、ロレーヌ中尉まで呼ばれたんだ。こいつぁ、何かあるにちげぇねぇ」
「なーに言ってんだ、ほらポーカーやろうぜ今度こそ勝つからな」
 二人はエレベーターまで歩いた。二人が並んで歩くと、ロレーヌ中尉の方が頭一つ分程大きかった。二人はエレベーターに乗り、三階のボタンを押した。グンッとエレベーターが動くのがわかった。
「一体何の用だろうな」
「さぁ・・・」
「まさか、クビってわけじゃねぇだろう」
「・・・・・」
空気が重かった。ジェノバは冗談で言った。だが、ロレーヌは無言で返した。空気が重かった。
 「ジェノバ中尉、只今、参りました」
「同じく、ロレーヌ中尉です」
二人はドアを見つめてドアに言った。二秒後に返事が返った。
「うおっほん、入りたまえ」
その咳払いは確かにウスリー中佐だった。
 ガチャリ、ギイ、バタンッ。
「失礼します」と一礼、二人は入った。
「うむ、よく来たね」
ウスリー中佐は2人に背を向けている。
“お前が呼んだんだろうが・・・・・”
ジェノバ中尉がロレーヌ中尉に合図した。
「それで、何の用ですか、中佐」
ロレーヌ中尉が聞くと、振り向き、中佐が言った。
「今度、今度この基地に配属される新兵達のことなんだが・・・・・」
ウスリー中佐は決して二人と目を合わせない。
「新兵?ああ、アカデミー上がりの青いガキ共のことですかい?」
「ああ、その新兵の部隊を率いて、新兵達の教育に当たってくれないか?」
「部隊を率いるってこたぁ、何だ、そう、・・・・隊長ですか!?」
ジェノバ中尉はわざとらしく驚いて見せた。
「・・・・・そうだ。ジェノバ中尉に隊長、ロレーヌ中尉に副隊長やってもらおうと、思ってる。どうだ?やってくれるな?」
それでも中佐は目を合わせない。
「いいですけど、俺ら、まだ中尉すよ。隊長ってまたどうして・・・・」
「これは全て上の判断だ。ま、一つ言えるとしたら、あの時、『トンフクツーの嵐』の時の生き残りは君達二人だけだ。多分、それでだろう」
ウスリー中佐の言った言葉にジェノバ中尉は強いごまかしを感じた。
「やったな、ジェノバ。俺、がんばります。ほら、どうした、お前も喜べよ、隊長だぞ、隊長、なぁ・・・」
素直に喜ぶロレーヌ中尉を横目に見て、ジェノバ中尉は、フッと笑った。そして言った。
「この狸じじいが」
ジェノバ中尉がウスリー中佐に言った。
「ばっ、お前このめでたい時に・・・・」
ロレーヌ中尉は突然のジェノバ中尉の言葉に驚いた。
「やはり、気づかれたか・・・・」
「!?」
「本当に話してぇこたぁ、そうじゃねぇだろ」
「!?」
「話そうと思った。黙っていようとも思った。しかし、もう隠せまい・・・・」
「ちょっと、おい、一体どうなってんの?」
「あー、中佐はまだ俺達に話したいことがあるってさ」
両の手を肩まで上げて、格好をつけて中尉は中尉に言った。
「この事は基地内でも大佐以上の階級のものと私しか知らない極秘事項なのだ。私は悩んだ・・・・君達に話すか否かを。私は君達が隊長に任命されたのは他でもない、その人間性だと思うのだ。その、極々自然体のやさしさがな。一見ふざけていても私にはわかる。真の君達が見える。だから一個小隊を任されたのだとな。そして、近々、隊員を率いて戦うことになるかも知れん君達だ。話した方がいいかも知れん。いや、話そう」
この時、初めてウスリー中佐が二人の目を見た。
「中佐、俺、口軽いぜ?」
「お、俺は、俺は言いません!」
「フッ、では言おうか、内密にな、実はな、非常に言いづらいんだが・・・」
「早く言えよ、じれったいな・・・」
「こんな事は、我が基地始まって以来なかった。・・・この基地に裏切り者、いや、スパイがいる」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「これは、事実だ。今、上の方では全力で捜している。この事がわかったのは3ヶ月前のことだ。その時既に君達の隊長任命は決まっていた。ずっと悩んでいた。君達なら、大丈夫だろう」
「これまた、どうして?」
「それはな、三ヶ月前シティー76エリア21の上空に、ジップが飛行していた、という目撃情報が入ってな。何者かが無断飛行したのだ。しかし、誰もそのジップを動かしていないと言う。結局、誰が乗っていたかはわからずじまいだ」
「それから?」
「その日を境に何回も目撃情報が出た。しかし、誰が乗っているかは全て謎の中だ。そして私は最初の事件が発生した一ヵ月後、つまり、今から二ヶ月前、この事件の調査をマーク・オルクス少尉に頼んだのだ。だが、何もわからないままだ。唯一言えることは、そのジップに乗った人間がレジスタンス、最悪テロリストに情報を売っていたら、連邦軍の危機だということだ」
三人が息を飲んだ。中佐のこんな厳しい目は初めて見た気がする。
「それで、俺達はどうすればいい?」
「できればスパイの発見・・・・後は、仕事仲間に目を光らせておくことだ。今度、隊長格になる君達にいきなりこんな事を言ってすまない。だがいつかは伝えなければこれから入ってくる新兵のこともある、スパイをここで止めなくてはないのだ」
深く一礼した。
「でも、まだ完全にスパイだと決まった訳じゃないんでしょう?」
「いや、スパイだ。最近、基地内の中枢データにアクセスがあった。正式なパスワードは使われていない、これは完全なハッキングだ。盗まれたのだよ、データが。その中にはあの計画のことも・・・・」
「あの計画?」
「あっ、いや何でもないんだ忘れてくれ。とにかく、これはスパイとしか考えられん。データへのアクセスをしたのはこの基地内のコンピューターからだからな」
「それなら、一人怪しいヤツがいますよ、マークの野郎ですよ」
「マーク?ああ、マーク少尉のことか」
「ええ、そうです」
「それはありえん」
「ええっ!?」
「マーク少尉はこの件と何の関係もないことを調べに調べて調査を依頼したのだ。だから、それは絶対にありえん。話はそれだけだ、何もしてやれん私を許してくれ」
中佐はもう一度深く頭を下げた。ロレーヌ中尉がドアノブを掴む。ガチャ、ギィ、バタンッ。
 二人はエレベーターへ歩いていた。目を見ると、ひどく疲れているようだった。さっき告げられたことに対する、喜びと不安が疲れを強くした。こんな時こそジェノバ中尉は無理に明るく振舞う、ロレーヌ中尉もわかっていた。深くため息をつく。深く深呼吸をする。どうすることもできなかった。だたマーク少尉に対する疑問は消えなかった。
 エレベーターに入る。しかしジェノバ中尉はボタンを押さなかった。
「・・・?どうしたんだ」
ふとロレーヌ中尉が聞く。わかっていた、わかっていたが、聞かずにはやっていけないと思った。
「どうしたもこうしたもない、スパイどうするってんだ」
「流れに身を任せようぜ」
もう、誰も信じることはできない。この現実、重かった。

 地下第六独房は寒かった。ここにも、別のタイプだが不安がある。もう、一時間は経っただろうか、少年が二人そこにいた。
「くそっ、いつまで俺達をここに入れとくつもりだ。野郎ッ、出しやがれってんだちくちょうめっ」
声が響く。今日という日がやけに長かった。
「ゴロウ、その台詞を言ったの、もう三回目だよ」
「あ・・・そうか?・・・多分この部屋も防音だしな・・・」
「早く帰りたいな・・・・」
ポツリとアランが言う。
“・・・・・・・・・・”
ゴロウは心の中まで無言になった。耐えるしかない、待つしかない、という現実を受け入れた。
 彼はこの地下室の管理人。彼の趣味は管理室でお気に入りの音楽を聴くこと。彼は管理人になってもう八年になる。彼の仕事は地下室を管理すること。彼は連れて来られた犯罪者の様子を見たり、地下室の掃除をしたり。彼は楽しく生きている。彼は人生に疑問を持とうとしない。
 彼には疑問がある。彼は考える。彼は監視モニターのスイッチを入れる。彼はモニターを見る。彼は食料を持つ。彼は席を立った。
 コン、コンコン
「おい、お前ら、元気か?」
ドアの小窓を開けて太った髭の生えた男が言った。
「・・・・!」
ゴロウは咄嗟に身構えた。アランの目も鋭い。
「おーい、まぁそう警戒すんなよ。俺はこの地下室の管理人だ。腹ァ、減ったろう」
管理人は一度小窓から消え、再び現れた。
「ほら、パン、アンパンだ。あと・・・・牛乳、二人分あるぞ、食え食え」
管理人は食べ物を小窓からアンパン二つと牛乳瓶二本を入れた。その管理人の顔を2人は見つめた。
「?どうした?俺の顔?まぁいいや、さ、食えよ、食えって」
ゴロウの心の中では今、驚き、喜び、不安、恐怖、悲しみ、いくつもがぐるぐる回っていた。ごくりと息と唾を飲み、最初に出た言葉はこれだった。
「あ、ありがとう」
正直な気持ちだった。ゴロウはこの基地に着いてから己とアラン以外は敵、連邦軍など全て敵と決め付けていた。アランにはそうでないと言っていたが、心の中では、やはり悪。それはマークの影響に凄まじいものがあった。しかしこの管理人の行為は正直に嬉しかった、素直に喜んだ。
「いいのかい?」
「ああ、食ってくれよ」
「じゃ、じゃあ」
アランがそう言って初めに食べた。すごい勢い。それにゴロウも続いた。食べる様子を管理人は見ていた。
 カタンッ、ゴロウは瓶を置いた。
「ありがとう、助かったよ」
ゴロウに笑顔が戻った。それを見て管理人も笑った。
「連邦軍にもアンタみたいな人がいるんだな」
「おいおい、何か誤解してないか?確かに今、連邦軍は腐ってる。だからレジスタンスなんてのも生まれる。でも全部腐ってる訳じゃない。腐ってるのは上層部の一部だけさ、まぁ、普通の兵士でも腐ってるヤツはいるけどね。上層部の一部が腐ってるから性質が悪い、俺達まで変な目で見られる」
ため息まじりに管理人は言う。
「あの、マークってのは腐ってる方は?」
「マークか、うーん・・・難しいな、ちょっと気難しいけど、いいヤツだった」
「いいヤツだった?」
アランが聞き返した。
「二ヶ月前までは良かった。二ヶ月前からは人が変わっちまった」
「何があったんだ?」
「さぁてね、何か極秘の任務からの話だよ」
 「それで、いつ出られるんだ俺達は」
「ああ、今マークが上の方に話していると思うよ・・・・。ところで二人とも、本当に万引きなんてしたのか?」
管理人は聞いた。今ここで管理人に訳を話したところで出られないのはわかっていた。しかしその管理人の目を見て話してみよういう気持ちが不思議と湧いてきた。
「やってない、やってないんだ。話せば長くなるけど・・・・」
ゴロウは今までの事を全て話した。管理人は黙って聞いた。アランは2人を見ていた。
 二十分かけてゴロウは事の全てを話し終えた。管理人は何度もうなづき、下を向いて言った。
「やっぱり、そうだったのか」
「やっぱりって?」
「お前らがここに連れて来られた時、一目見てわかったよ、やってないって」
うまく言えない気持ちでゴロウは満たされた。アランも同じことだろう。ゴロウは一瞬アランを見た。うつむいていた。泣いていたのかもしれない。
「それで、俺達どうなると思う?」
「ま、多分・・・・・証拠不十分で釈放かな」
「マジかよ」
冷静に考えれば当たり前のことだった、がとても安心した。
「じゃ、そろそろ俺戻るよ、何かあったら呼んでくれ」
 管理人が去ろうとした時だ。
「おい伍長、何話してる」
「あ、マーク少尉、あの、このガキ共がうるさいもので・・・・黙らせていたのです」
少し焦って、管理人は言った。少し怪しかった。何も悪い事をしていないのに胸がドキドキしている。こちらに向かって歩いてくるマーク少尉に敬礼をする。暗くてよく見えなかったがマーク少尉の後にもう一人、歩いている人がいた。管理人は目を細めた。近づいて来る、だんだん見えてきた。中年の男だ、もう少しで顔が見える、見えた。マーク少尉の後にいたのはメリー・エディンバラ少佐だ。なぜここに少佐がいるのかと目をこすってみたが、消えなかった。
「メ、メリー少佐だ・・・・・」
震えている内に少尉と少佐が伍長の前に来た。
「何をしている。早く向こうへ行けっ」
とマーク少尉に言われ我に返った。管理室に急いで戻り座った。ただ、ただ2人の無事を祈るのみだった。
 ガチャ、ガチャ、ガチャッ、キィッ
「まだ生きてるか悪ガキ共、今回は少佐も来ている、隠し事をすると罪が重くなるぞ、正直に話すことだな」
マーク少尉はやけににやついていた。何か、ある。そうゴロウは感じ取った。あいつのことだからただで帰すはずはないとは覚悟していた。それに後にいる中年、少佐とか言ったか、アランは完全に怯えてしまっている。少佐からは少尉と同じ感じがしてならない、こいつも『腐ってる』方の人間なのか?考えている内に少佐が言った。やさしそうでも怖そうでもない顔で言った。
「貴様ら、万引きをしたと聞いたが、それは本当であるか?」
重く低く言った。
「やっていません」
ゴロウは言ってのけた。
「わしは嘘は嫌いだ。嫌いなんだ。よし、も一度だ、やったのか?」
少佐は今一度聞く。ゴロウはなぜ二回も同じことを聞くのか疑問だった。相手が同じことを言うならば自分も同じことを言ってやろうと思った。
「やっていません」
マーク少尉がクスッと笑った、嬉しそうに。腹が立った。
「フフ・・そうか、やってない・・か。少尉、いいぞ」
少佐が言った途端、部屋がコンビニになった。あのコンビニ、始まりのコンビにだ。
「投影機の映像だ、あの時のコンビニの映像を投影している。映っている景色は全て映像、つまり、実体は元々の部屋だからな。勘違いするなよ、あの辺から壁のはずだ」
このコンビニも幻、触れる訳もない。
「これはな、コンビニの防犯カメラの映像だ。黙って見てるんだな」
やはりマーク少尉はにやついている。何だ、何なんだと思う。部屋の中にはゴロウ、アラン、マーク少尉が二人ずついて、唯1人少佐がいた。
もう一人のゴロウは雑誌を立ち読みしていた。するともう一人のアランが店に入って来て、ゴロウより少し離れて雑誌を立ち読みする。二、三分読むと二人は近づいて話しだした。
“こんなことしてないぞ”
ゴロウは驚いた。
「おいっ」
「静かにしてろ」
話し終わると二人はキョロキョロし始めた。ここでもう一人のマーク少尉がレジに来た。少尉は会計を済ませると、ふっと2人の方を見た。するとどうだ、二人は雑誌を服の中に入れたではないか。少尉はそれを見て2人の腕を掴んだ。終わりだ。
 部屋は部屋に戻った。ゴロウは汗が止まらない、心臓は鳴りっぱなし、頭もくらくらした。
“違う、違うんだ。おかしいぞこの映像は、どうなってる。おかしいのは俺か?いや、違う。全て違う・・・・。いや俺は万引きしたのか?違う、嘘、全ては嘘、どうなってんだよ”
頭の中はぐちゃぐちゃ、理解不能だ。更にとどめにメリー少佐は言った。
「万引き、してるじゃあないか」
「違うっっ!」
渾身の力を込めてゴロウは言った。言ったが、無力、無力、無力、無力。
「何が違うってんだよ。オラ、してんだろうがよぉ、万引き、してんじゃねぇか!」
マーク少尉が怒鳴って壁を叩く。
「ひいぃっっ」
今までじっと丸くなっていたアランがついに泣き出した。ゴロウも泣きたくなった。
「違うっ、やってない、この映像はおかしい。何故っ、何故なら、やってないから、万引き何てぇ・・・・やるかよおっっ」
数時間前の自分を呪った。
「やっていない?何をやっていないんだね、世間では服の中に雑誌を入れることは万引きと言うのだ。それとも、何だ、君らは服の中に一度入れて、レジで出すつもりだったのかね?これは明らかな現行犯だよ。フフフフォッフォッフォッ」
少佐、メリー少佐が言った。笑ったんだ。
“腐ってる、腐ってるぜ。これが正義の連邦かよ。これが正義、こんな正義”
 静か、静だ。でも心の中は炎で、炎で燃えていた。アランは今にも死にそうな顔でブツブツ言っていた。唯一言「母さん」と言ったのだけ聞き取れた。
「ワッシュッッ」
ローキック一閃、マーク少尉を捉えた。
「ぐ、この野郎ォ」
マーク少尉は構えて、キツいのをゴロウにお見舞いした。鼻血だ、鼻血が出た。
「まぁまぁ、その辺にしときなさい。大切なブツに傷でもつけたら、大変ですからね」
ブツ?ブツと言ったのか?それとも何かの聞き間違いか、鼻血は止まらない。
 「いいか、ガキ、今の世界、犯罪を犯しちまぁ、終ぇだ。お前も知ってんだろ、アウターコロニー。宇宙のゴミ溜めだよ、今の世の中な、犯罪しちゃあゴミだ。つまりお前はゴミ、捨てられるんだよ」
見下げながらマーク少尉は言った。その目、その目の中、気分が悪い。
 もう涙も出ない、出尽くした。目は真赤で息も切れた。アラン、アランは元気です。
「さっきから黙って聞いてりゃ、それじゃ俺達の人権が無視されてるじゃねぇか!」
ゴロウが力いっぱい叫んだ。
「フム・・・・そうか・・・」
マーク少尉は唸った。そして言った。
「そうだよ」
「!?」
ゴロウは言葉もなかった。
「終わりなんだよ、アウターなんだよお前ら。己を呪え、己を憎め、己を殺せ。明日の朝、俺がお前らを輸送艦まで連れて行ってやる」
「裁判はないのかっ!?」
「ない」
とても冷たい。ザラついた感覚が走った。
「俺の親はっ!?」
「殺したよ」
 時が止まった、ゴロウの中で。なんて言ったのかももう理解できない、とても非現実なことだが今は現実に思えた。ゴロウは呪った、憎んだ、殺したかった。マーク少尉を、メリー少佐を。この二人はグルだ。もう終わった。俺はアウター、もう終わった。
 ガチャリ、ギィ、バタンッ。
「うまく行きそうですな少佐。それにしてもあの合成映像には驚きました。本当に計画通りだ。ククク、連邦の犬共めが」
「ああ、全てはブランカ様の為、この世の再生の為に」
「全くこうもうまく行くと、恐ろしいものだ、メリー少佐、いやクリム大尉」
「お前こそマーク少尉、フッ、ドヌイ大尉」
 闇が、この基地内いや連邦軍内に広がっていることを誰も知らない。

 バーゼル少尉はあの二人のことが気になって仕方がなかった。
“あの2人、どうなったかな、今ちょうど少佐とマークが行ってる頃だな。しかしメリー少佐が絡むと厄介だぞ、あの人は随分と評判が悪いからな、まずいな。でも二人は何もやってないんだ、何もやってないはずだけどな、あのメリー少佐じゃあ・・・”
仕事をしていてしていなかった。バーゼル少尉の頭を離れない。
 コーヒーを口につける。
「まずいな・・・」
すると
「私の入れたコーヒー、そんなにおいししくないんですか?」
「いや、違うんだ、色々とうまくなくてね」
「やっぱりうまくないんじゃないですか!」
「違う、仕事のことだよ」
「私は仕事ができないってことですね!」
「そうじゃないよ、聞いてくれ」
「もういいです!」
「おいっ、ディリ、待てよ、聞いてくれ。あ、おい・・・・ふう、あれがなけりゃいい娘なんだが」
 バーゼル少尉はコーヒーを一気に飲み干した。気になって仕事にならない。
 地下室にバーゼル少尉の姿があった。あの部屋のドアをノックする。コン、コン。
「入るよ」
一言言って入った。ガチャリ、ギィ、バタン。
 「何の用だよ」
「おいおい、そういう言い方はないだろ。俺はお前らを心配してだな・・・・」
「綺麗ごとはよせよ、アンタ、俺がどうなるのか知らねぇのか?」
「どういうことだ?」
アランが後で泣き出した。ゴロウは冷めた笑いを見せた。
「俺達ゃよ、アウターコロニー行きだってよ。親は殺されたらしいし、終わりだよ人生そのものが」
ゴロウ自身、『親』が『殺された』という言葉がためらいもなく出たことに驚いた。ここの何処かで、もう殺したという言葉を肯定しているのかもしれない。
「アウターコロニーって、お前ら何もしてないのにか!?」
「こっちが聞きてぇよ!わかんねぇ、わかんねぇんだよ。いきなりコンビニの防犯カメラの映像見せられて、そしたらよ、俺ら万引きしてるんだよ・・・・ハハ・・・決まりだ、決定だよ、犯罪者になったんだよ」
「バカな、そんなこと。マークにそんなことする権利や力はない。少佐か!?いや、少佐でも難しい、ありえんことだ」
バーゼル少尉はありえないと言った。それが本当ならどんなに嬉しいことか。
「本当に、万引き、やってねぇよな」
「やってねぇよ!」
部屋の中にゴロウの声が虚しく響いた。もう何も考えられない、逃げようとも思わない、怒りも憎しみもない、空っぽ。あるのは絶望という希望。
「どうだよ、まだ十五年しか生きてねぇけど、ハードでヘヴィな現実だろ。俺を信じるか、連邦を信じるか、だ」
「俺は、俺は!お前らを信じる。なぜなら、あのコンビニでには俺もいたから、まぁ、車の中だけど。とにかく、お前が万引きしてる素振りはなかった。俺は、あくまで、お前らを、信じる!」
大きな声が今一度部屋に響いた。その響きはゴロウにとって温かな波動だった。しかし笑えなかった。それは、この男一人信じてくれた所で帰れる訳はないからだ。
「よし、わかった。俺に全てを話せ、ことによっては、いや絶対にお前らを救ってやる」
 ゴロウは話した。全てを彼に託した。お互いに信じた。それにはアランも同じく参加した。
 「そうだったのか・・・・俺が思うにその映像ってのは合成、いや一から造ったものだと思う。これから俺は事の真相を突き止めてくる。お前らは安心して待ってろ」
バーゼル少尉は部屋を出た。
 廊下を進み階段を上る。階段を曲がったその時だ。
「よう」
「!、マ、マーク・・・・。お前、なんでここに」
「別にどうだっていいだろ」
「それよりお前、あの二人をどうする気だ、話は全部聞いたぞ。酷過ぎる、絶対にお前を許さんぞ。必ずお前に合法的に正義の裁きを下してやる。あんなことが許されると思っているのか。無実の、それも民間人の子供をアウターコロニーへ送ろうなんて。お前はわかってくれると思っていたがもうダメだ。殺してやりてぇくらいだ。親友だったよしみで言ってやる、今すぐ自首しろ。そしてあの二人を解放しろ。さもなくば、俺から、大佐、連中に言ってやる。少佐も一緒にな。ほら、言ったとおりだ。今すぐ目の前から消えるんだ」
「フフフ、フハハハハ」
「何がおかしい!」
「今から死にゆく者に言う必要はあるまい」
「!?」
「お前は親友のよしみだとさっき言ったな。そう、親友、これがいかん。調べによると、マークという男に友人はなく、誰も近づかないということだったが、お前のような存在がいるとは。計算通りだったのにな、計算外だったよ」
「どういうことだ」
「言ったはずだ、死にゆく者に言う必要はないと」
そう言うとマーク少尉は懐から銃を取り出した。
 一瞬、一瞬だ。一瞬光り、光はバーゼル少尉を貫いた。血は出なかった。胸に、ぽっかり穴があいた。
「か・・・・かはっ・・・・んぐっ、ふうふっ、ふっぐ、うぁ・・・・」
そして少尉はみるみると溶けていった。冷ややかな眼が二つ、それを見た。
 殺した、殺したのだ。しかし、マーク少尉の眼には罪悪感の一つもない、と言った所だろうか、そうだろう。その眼は『当たり前』と言っていた。
 少尉はトイレへ向かった。個室に入り、天井を見上げて言った。
「ふう、やはり旧型はダメだな、消えるまでに時間がかかる。本部から新型を貰うとしよう」
一息つく。また懐に手を入れる。電話だ、携帯電話。
 ピッ、ピッ、ピッ、・・・・・。
「ん・・・私だ、そう、ドヌイだ。・・・・・少し問題が起こってな・・・・・・ああ、バーゼルの奴だ・・・気付き始めていた。・・・・・それは大丈夫だ、消しておいた。これからどうする、・・・・・・ああ、それはもう・・・よし・・わかった。大丈夫だ、お互いうまくやろう。それじゃ・・・」
ピッ。
 再び天井を見た。自分は気付かなかったが少尉は笑っていた。ドアに書いてある落書きの中に、『ぶっ殺す』という言葉を見つけて指でなぞった。

 「よし、これがこうで、よしっと。おーし、俺は終わったぞ。ロレーヌ、そっちは?」
時計は十二時を回っていた。ジェノバ中尉とロレーヌ中尉は残業をしていた。部屋にはもう、二人しかいなかった。皆帰ったのだ。二人は残業だ。
「おーい、終わったのか?」
「おーーい」
「おーーーい」
「おーーーーい」
「・・・・・・・」
ロレーヌ中尉は胸ぐらを掴まれた。
「ケンカ売ってんのか、コラ、ああ?」
「えっ、ああ、すまんな、まだ終わってないよ。もう少し掛かりそうだ・・・・よっ・・と」
「そうか・・・。なぁ、面白い話があるんだけどよ、どう?」
「頼むわ」
「へっ、よし、よく聞けよ。さっき俺がまとめた書類を中佐に渡したら怒られてよ、まいった、まいった。面白い所はこれからなんだ。俺は中佐に間違いはないって言ったのに中佐がもう一度よく見てみろって言うからさ、見ると『もちろん』って言葉が『もろちん』と打ってあってさ。なんでも、中佐はその書類を会議の時コピーして配ってえらい恥かいたんだってよ。どうよ、面白いだろ、『もちろん』が『もろちん』よ。ウケるだろ、なぁ・・・」
ジェノバ中尉の話にロレーヌ中尉は何の反応も示さなかった。ジェノバ中尉は頭をポリポリ掻いた。さて、どうしたものか、雰囲気がまずい、張り詰めている。
 ジェノバ中尉など関係なくロレーヌ中尉は仕事を続ける。その後も何度かジェノバ中尉は話をしたがやはり無反応だった。次第にロレーヌ中尉は何とか笑わせようとするジェノバ中尉がかわいそうになってきて、自分から話を振った。
「なぁ、夕方中佐から話があったろ。それどう思うよ?」
確かにジェノバ中尉と話しているのだが目線の先にはモニターがあった。
「話?ああ、俺が隊長でお前が副隊長ってヤツか?まぁ、別に何てことねぇよ、俺らが教えて貰ったことを教えりゃいい。まぁただ面倒臭ぇけどな。隊長なんて柄じゃねぇしな」
「そのことじゃないよ。スパイのことだ」
「・・・・スパイ、か・・・そうさなぁ・・・わからん!さっぱりだ!」
「もっと、何か怪しい奴とかさ」
「怪しい奴?いやぁ特にないな」
「俺はお前の言う通りマークが怪しいと思うんだが・・・・」
「いやいや、待てよ、それは中佐が有り得ないと言ってたろ」
「いいか、ジェノバ、よく考えろ。裏切り者は誰かわからないんだ。つまり一人だけではないかも、二人、五人、十人といるかもしれん」
「それじゃ中佐も」
「有り得なくはない。証拠のない話だが・・・」
「おいおい、それは話が飛躍しすぎてないか、考えすぎだ。それじゃ皆スパイじゃないか。俺もお前もな」
「い、いや俺はもしもということでだな・・・。あ、いや、確かに話が飛躍しすぎたようだ。もう遅い、ジェノバ、先に帰っていいぜ、まだ掛かりそうだからな」
「そ、か、じゃ、俺、もう帰るわ。また明日な、あんま無理すんなよ」
ジェノバ中尉はその言葉を最後に部屋を出た。
 その後、どの位仕事をしたのか、してないのか、頭の中にはスパイ、スパイ、スパイ、マーク、スパイ、マーク、マーク、マーク。忘れられない。
“そうだよ、マーク、あの野郎。間違いない。クソ、違うのかよ。違うもんかよ”
 仕事は片付いた。帰ろう、帰ったら、メシ食って、風呂入って、音楽聴いて、寝るかな。
 いつもの通り、ロッカーを開けて、着替えて、鍵を掛けて、帰る。廊下を歩るきながら考えると喉が渇いていた。そうだ、憩いの場にはジュースがあったな。ちょっと、寄って行くか。
 擦れ違う。マーク少尉。ロレーヌ中尉はその眼を見て思わず言った。
「お、おい」
そう言ったのはマークの眼があまりに凍り付いていたからで、それはまるで人一人殺した眼だったからだ。ロレーヌ中尉に言われたマーク少尉は振り向いて、
「何でしょうか、中尉」
言葉までも凍り付いている。
「いや、何でも、ないが・・・・」
 そのまま憩いの場、部屋に入る。冷蔵庫を開けてジュースを取る、炭酸がキツいのだ。
“ふう、危ねぇ、やっぱアイツは違う”
机に置いてあったリモコンを手に取りスイッチを入れた。面白けりゃいい、今のこの気分を紛らわすような。
「たった今、入ったニュースをお伝えします。つい先ほどシティ16エリア52区の森林の中から連邦軍兵士と思われる男性の遺体が発見されました。遺体の服に付いていたIDカードから、遺体の身元は地球連邦軍極東支部第七戦闘機基地所属のマーク・オルクス少尉二十八歳だと判明しました。鑑識によると死後二ヶ月ほど経っているようで・・・・」
 ロレーヌ中尉の服がジュースを飲んでいた。
“遺体はマーク・オルクス少尉だと・・・・バカなっ、マークなら、たった今会ったばかり・・・・”
その後モニターに顔写真も出たがマーク少尉だ。
 キツネにつままれた気分、とはこういうことか。
“このマークマーク少尉は本物。だとするとあの、ついさっき会ったマーク少尉は偽者ということ”
ロレーヌ中尉の頭の中で全てが繋がった。
 立ち上がり走った。今ならまだ間に合う。追いつくか、廊下を走って、階段を下りて、走るっ、走るっ、走るっ、いたっ。
 マーク少尉は車に乗るところだった。もう少し早く来ていれば。車は出てしまった。
 素早く、ロレーヌ中尉は自分の車に乗り込みエンジンを掛ける。が、急いでいる時こそ掛からないものだ。
 掛かった。早く速く、地下駐車場から出る。マーク少尉、いや偽者だと分かった今、マーク少尉と呼ぶのはおかしい、偽者と呼ぶ。偽者の乗った車は、数百メートル先にいた。今、ここで追いつき捕まえるのはまずい、何せ、アイツはマークを殺した奴かもしれない。殺人か殺人じゃないかなんて、ニュースじゃ言ってなかったけど、偽者の眼を見りゃわかった。殺した、殺しやがった。
「くそったれが!!」
 三十分は走った、車は走った。山を登り始めた。
「ちくしょう、どこまで行くつもりだ」
車が走る間、ロレーヌは全てを理解した。その事の重大さと共に、必ず、捕まえる。その一点だ。
 車は止まった。ここは丘の上、一面草原が広がっている。広い、どのくらいだ、言うならば一つの戦艦が裕に収まるくらいのだ。偽者の止めた数十メートル後にロレーヌ中尉も車を止めた。偽者が車を降りた。ロレーヌ中尉も車を降りた。中尉は腰にある銃を握り締めて。
 「ロレーヌ中尉、あなた尾行の才能はないようだな」
「!、ちっ、ばれてたのか。え?偽者が、全部わかったぜ、さっきニュースで本人の遺体が見つかったことが流れてた」
平静を装っていたが、内心は逆だった。
「見つかったのか、まぁ今となっては、どうでもいいことだがな」
偽者には何のダメージもなかった。
「お前が今まで何の疑いもなく、過ごしてこれた訳がわかったよ。ウスリー中佐が言った、マーク少尉は怪しくないと、調べに調べた結果、全くの無実だと。調べたのは二ヶ月前だ、無実で当然、なぜならそれは、そのマークは本物のマーク少尉だからな。その後、お前は何らかの手を使ってマーク少尉を消し、お前は何食わぬ顔で入れ替わった。仕事仲間も性格が変わったって思うはずだ、人そのものが変わってるんだからな。そうだろう?」
力強く言った。息遣いも荒い。大きく息を吸って、続けてロレーヌ中尉は言った。
「お前は何者だ!何者でなくともいい!逮捕する。動くなっ」
汗だくで、精一杯に言った。しかし、偽者は全く動揺していなかった。
「フッ、その通りだよ・・・・」
「喋るなっ」
怒鳴るとロレーヌ中尉は銃を抜き偽者に向かって構えた。
「しかし、中尉、あなたは一つ間違いを犯した。それは、このことにもう一時間早く気づかなかったことだ・・・・・」
「何だとっっ」
 偽者はパチッと指を鳴らした。すると茂みの中から男たちが出てきてロレーヌ中尉をがっしりと捕まえた。銃を取り上げる。男の中の一人が言った。
「ドヌイ大尉ッッ、この男はどうしますか?」
「始末しろ」
「イエッサ」
男は他の男達に自分の首を指でスッと切って示した。恐らく『殺せ』のことだろう。
 ロレーヌ中尉は男達によって茂みの中に連れて行かれた。数秒後・・・
 ダーーーーンッッッ・・・・・・・・。ロレーヌ中尉の命を奪った音が星空に響く。ロレーヌ中尉は星になった。
 「ところでドヌイ大尉、クリム大尉の方は・・・・」
男が、偽者いやドヌイ大尉に聞いた。
「あいつはまだ基地に残しておく。それで、ファンブルの発進準備はできたのか?」
「はい、ほぼ」
そう言うと男は無線で通信した。
 夜が明けた、と錯覚するくらいの光、明るさだ。草原には小型ではあるが戦艦がいた。その戦艦が明かりをつけてこの明るさか、ドヌイ大尉と男達は小型戦艦ファンブルに乗り込んだ。
「このままマザーシップと合流する。全て整った、後は明日を待つだけだ。飛ばせ」
 闇夜にファンブルは飛び立った。
 ロレーヌ中尉は星空を見ていた。

 「バーゼルって言ったっけ、あの人、帰ってこないね」
アランがそう言った。さっきのバーゼルのことを考えていたのか、もう、何時間も経ったっていうのに、アランがそう言った。
「アラン、多分、もう帰って来ないと思うよ。俺たちゃハメられたのさ。万引きやってようがやってまいが、あのコンビニに入った時にもう既に俺達がこうらることは決まってたのさ」
「なんで?」
「なんでって・・・・そう考えるしか。そう考える以外こんな状況は有り得ないってことだよ」
「それじゃ、このままアウターコロニーへ行ってしまうのかい?」
「いや、そうじゃないよ、俺が言ったのは、今ここまでの話さ。これからどうなるかは俺達の力でどうにかできるはずさ」
「・・・うん」
「じゃあ、今日はもう遅い。とりあえず寝るとしよう。明日だ、勝負は明日だ」
 二人は目を閉じた。ゴロウは平気なふりをして言っているが、本当のところ泣き出したいくらいだった。でも、泣いてしまえばアランはどうする。アランにとってゴロウは唯一の光なのだから。
 今は静かに待とう、夜が明けるのを待とう。長い、長い一日が今終わる

 

 

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