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> 階級表
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階級

元帥
軍隊の最高階級。この階級になると定年はありません。
最高の名誉階級で、アメリカ軍では定員5人と定められていますが、第二次大戦以降元帥は生まれていません。
(湾岸戦争時に二名元帥に推されたそうですが、辞退したそうです。)
元帥になると高級副官(大佐)と専属副官(大尉)が付き、ドイツ軍などでは豪華な元帥杖を与えられる。旧日本軍では元帥と言う階級はどちらかと言うと大将が名誉として受ける称号のようなもので、元帥府大将と言って野球で言うなら殿堂入りみたいな扱いになるだけである。
旧日本軍では正三位(総理大臣は従二位)を与えられる。

大将
通常軍隊の最高階級。
大将の現役定限年齢(定年)は62歳。旧軍では65歳
旧日本軍では従三位を与えられる。また貴族階級では子爵相当である。

中将
中将の現役定限年齢(定年)は60歳。旧軍では62歳
旧日本軍では正四位を与えられる。また貴族階級では男爵相当である。

少将
少将の現役定限年齢(定年)は60歳
旧日本軍では正五位〜従四位を与えられる。

准将  
どちらかというと、将官になる為の準備期間として与えられる階級である。従って、立場としては大佐とそれ程変わらない。
この階級から「閣下」「司令官」と呼ばれるようになる。ちなみに大佐以下の場合は「司令」で「司令官」とは呼ばない。
定年間際の大佐が定年直後に准将「閣下」として定年する事も多々ある。
また、イギリスなどでは「代将」と呼ばれる特殊な階級があり、大佐数名が指揮する数個の部隊(艦隊や臨時の戦闘団)があった場合、命令系統を混乱させないように、全体指揮官の大佐にその場だけの階級「代将」に任命し、指揮を執り易くさせた。(旧日本軍だと軍司令官も中将、師団長も中将で、階級は一緒と言う事で命令系統でいざこざがあったりした。この為、一時期旧日本軍でも上級大将、上級中将とかの階級を作ろうとしていたらしい。)その作戦事態が終われば、代将も元の大佐に戻るが、大抵は作戦終了時に少将に昇進したりした。因みに黒船で有名なペリーも代将である。

大佐
連隊長は「一国一城の主」と呼ばれ、軍人になったら誰でも一度はやってみたい職で、
独立決裁権を始め、多くの権限を有し、軍組織内の実権をもっとも掌握している階層である
地方に駐屯地を持ち、地方の名士として扱われます。通常、士官学校を出た士官の目指す最終階級でもあります。
大佐は軍高級副官、方面軍次級副官、駐在武官、特務機関長として特別な任務につく人もいます。
平時は進級が停滞するので、大佐といえば50歳近い人が多いようです。
大学校出の中佐は40〜45で大佐となります。この頃になると師団参謀長、参謀本部課長クラスと、
実質的に軍の中枢の握る事となります。
大佐の現役定限年齢(定年)は56歳
旧日本軍では従五位を与えられる。

中佐  
中佐は連隊付として、平時は、あまり仕事がありません。戦時には留守隊長あるいは後備部隊長となります。少佐と同じく委員首座として部隊経営に熱心です。部隊を離れて、師団の事務や高級副官を勤める人もあります。
大学校出の少佐は大体35〜40歳で中佐となり各参謀を勤める。若くして軍中枢に関わる為、功名心とエリート思想で暴走し、現地部隊に無理な命令を出したりする事もありました。
中佐の現役定限年齢(定年)は55歳、旧軍では54歳
旧日本軍では正六位を与えられる。

少佐  
少佐への進級は、士官学校出の大尉であれば、人によって早い遅いがありますが、ほぼ全員ができます。少佐の職務である大隊長は、戦争の無い時は大隊事務室の隣にある大隊長室に座っています。部隊本部の諸委員首座(委員長)を兼ねて、むしろ、そちらの方の仕事に熱心です。部隊の財布は委任経理なので、部隊長はお金の出る仕事については委員を設けて、財布の管理をさせます。節約して余った予算は、次年度予算に繰り込めますので、委員の腕次第で、無駄を省き、必要な所には重点的にお金を出すことで、兵隊どもに良いご飯を喰わせたり、被服も出征用に上等なものをたくさん備蓄出来ます。
大学校出の大尉は大体30〜35歳で少佐となり、旅団高級副官、軍次級副官、師団参謀、軍参謀、参謀本部の参謀課員、局員を勤める。
少佐の現役定限年齢(定年)は55歳、旧軍では52歳
旧日本軍では従六位を与えられる。

大尉  
中隊長が主な職務ですが、連隊副官、師団専属副官を勤める人もいます。中隊長(一般に隊長と呼ぶ)の居場所は、中隊事務室の中隊長室です。やっと大尉になって俸給も人並みに貰うので、兵隊からは「やっとこ大尉」と呼びます。
午前中は准尉や曹長のもってきた書類の決裁をし、昼からは中隊の新兵を集めて講話をしたり、今月の中隊目標を考えたりします。
ときどき大尉は各兵科の実施学校に缶詰になって、新兵器・新戦術の講習に参加し、古参になると大隊長になるための訓練を受けます。
戦闘での中隊長の役割は、非常に大きなものがあり、戦闘では中隊単位で動き、隊長の判断ひとつで勝ち負けが決まります。先頭に立って突撃をしなければならない時もあります。
大体士官学校を卒業した者で30歳〜35歳くらいで大尉に任官しますが、大学校入学者は卒業と同時に最速で25歳で大尉となります。また、叩き上げ軍人の最終階級でもあります。
兵隊からは隊長のいないとろでは「チューさん」「チュウ助」「チュー公」と呼びます
大尉の現役定限年齢(定年)は54歳、旧軍では50歳
旧日本軍では正七位を与えられる。

中尉
部隊本部の各係の主任や、大隊副官、旅団専属副官になって、中隊とは離れて勤務する人が多くなります。
士官学校出身者では年齢25〜30歳くらいで、大学校入学者は大学校在学中でで中尉に任官します。
まだまだ棒給も低く、兵隊からは「やりくり中尉」と呼ばれます。
戦闘では第1小隊長、中隊付中尉として活躍します。中隊長(大尉)が倒れた場合は、中隊長代理をします。
中尉の現役定限年齢(定年)は54歳、旧軍では47歳
旧日本軍では従七位を与えられる。

少尉
士官学校に入学して先ず部隊に配属され、士官候補生として、1年間、下士卒(上等兵から軍曹)の生活を体験する。士官学校の生徒となってからは、卒業前に見習士官(曹長)として再び同一部隊で将校の仕事を体験し、部隊の将校先考会議で部隊将校全員の推薦を得て少尉に任官する。少尉に任官するには
●士官学校を受験し、卒業後少尉となる。
●軍曹、曹長、特務曹長の優秀な者が試験に合格し、少尉候補者として士官学校で将校教育を受け、少尉に任官する。
●特別任官で、民間人が臨時の少尉になる。
旧海軍では下士官からの叩き上げ将校は中佐になるまで「特務」の称号が付き、呼ばれる時は「特務中佐」と呼ばれた。
将校は連隊に所属し、大佐か将官にでもならない限り、その連隊の将校団に所属した。
最初は中隊付で、戦闘では小隊長として小隊を率い、内務では新兵の教官をし、助教に内務班長、助手に上等兵がつきます。机のある場所は中隊の将校室です。他の将校(中尉、准尉、少尉補)と一緒に机を並べます。
隊付2年目で士官学校の上級学校である「大学校」の受験資格を得る。大学校では参謀教育、上級部隊教育が行われ、大学校を卒業した者には参謀将校としてエリート街道を進み、将官への道が開かれる。大学校の試験は難しく、隊付け二年間を受験勉強に費やし、部隊の訓練を放り出す少尉も数多くいた。また、これを潔しとせず大学校受験を諦め、実戦部隊に残る将校も居た。
また、士官、准士官以上の被服、軍刀、拳銃は自前で買ってこなければならず(下士官以下は支給品)結構な出費の割りに棒給が低いので兵隊からは「貧乏少尉」と呼ばれています。
少尉の現役定限年齢(定年)は54歳、旧軍では47歳
旧日本軍では正八位を与えられる。

准尉/特務曹長
准尉は中隊の所属で、中隊の下士官以下の人事、給与を司る。中隊に所属しウン十年の最古参の為、中隊の事を知り尽くしている中隊の神。その為、新任の少尉や中尉などよりも恐ろしい存在として中隊に君臨する。その為、将校になれる実力を持ちながら、推薦や昇進を断り准尉として軍隊生活を終える人も多いようです。兵卒の元帥と呼ばれ、徴兵された兵士が准尉に睨まれると「楽しい」徴兵期間を楽しむ事になる。
居場所は部隊本部の事務机で、実戦では小隊長や中隊付准尉として中隊長を補佐。弾薬補給などを指揮します。
階級表では少尉の下になっていますが、准尉の俸給は少尉や中尉などよりも高く、実際の部隊内では、士官学校出の少尉と同等、ないしそれより格上に扱われます。また、待遇は将校と同じで、准士官として扱われます。
兵隊からは「トクさん」と呼ばれます。
准尉の現役定限年齢(定年)は54歳、旧軍では47歳

上級曹長
米、英陸軍などでは、大隊以上の部隊司令部にそれぞれ「最先任上級曹長」が配置され、これは大隊幕僚として配置されている者と、大隊・旅団長等に直接仕える立場の者がいます。彼らは、部隊長の推薦によって、より上級の最先任上級曹長へと昇進していくものであります。
選考方法は、下からたたき上げで上がってきた曹長の中から、陸軍省の昇任委員会が選抜をして、約36週の上級曹長課程に入り資格が得られるものです。最先任上級曹長になると転属もあります。地位的には、指揮官の幕僚であり、役割は、下士官・兵の指揮、訓練、昇任について、指揮官に直接助言ができるということであります。
彼らの待遇は、それぞれ各級大隊長以上の指揮官の近傍に専用オフィスを持っており、専用の官舎、専用の車両を与えられています。このポストに就くと手当も付きます。 

曹長
連隊書記、大隊書記。中隊給与係を勤める内務を司る下士官です。
中隊には二名の曹長がおり、それぞれ給養係と兵器被服係とが居る。
上等兵の助手がつき、伝票や帳簿をつけ、被服、陣営係りの軍曹、伍長が部下に付きます。
曹長は中隊事務室で毎週、兵隊の給料を計算して、支給日に渡します。旧軍では下士官以下は給料は日給制で十日おきに給料が給養係り曹長から手渡される。
計算を間違えると、お金が足りなくなって、自分の財布から埋め合わせをしなければならなくなります。
兵隊に恐れられる職務で、内務が主な任務なので教練にも演習などでもあまりお目にかかれません。
通常、曹候補で教導団を卒業した者はこの階級で退役します。
曹長の現役定限年齢(定年)は54歳、旧軍では45歳

軍曹
軍隊の中核を担う下士官。戦闘では分隊長として10名前後の兵を率いたり、小隊軍曹として新米小隊長を補佐したりします。
内務では内務班長、訓練助教として新兵達を鍛え上げます。その為「鬼軍曹」などと呼ばれます。
軍隊の規模により、三等〜一等軍曹、上級軍曹など細分化される事もある。
軍曹の現役定限年齢(定年)は53歳

伍長
下士養成所(教導団)を受験して卒業すると伍長に任官します。内務班では班長の手助けをします。
戦闘では副分隊長として5名前後の兵を率います。平時では伍長がいっぱい居る為に「先任伍長」などを設け、先任伍長が分隊指揮をとり、普通の伍長は兵隊と同様の扱いになります。
*海軍で「先任伍長」は最古参の上級下仕官が任命される最高位の役職で、艦内の風紀を取り締まりを行った。
旧日本軍では下士官になりますが、他の国では下士官に入らない事もあります。その為、現在の自衛隊の三曹は旧軍で言うなら伍長ですが、現代軍隊の階級で言うなら軍曹になる訳です。
伍長の現役定限年齢(定年)は53歳

兵長
任務内容は伍長勤務上等兵とさして変わりは無い。この階級は大抵の軍隊で存在しない。
旧日本軍では伍長勤務上等兵というあやふやな階級を後に「兵長」という新たな階級で明文化した。
伍長勤務上等兵と少し違う所は、伍勤は中隊に数名しか居ませんが、兵長はいっぱい居ると言う所です。

伍長勤務上等兵
さらに成績の良い上等兵は伍長勤務上等兵となり、下仕官が足りない時、その代理をします。
伍長勤務は「下士適任証書」を貰います。しかし、伍長勤務上等兵の待遇は上等兵のままです。
学校で言うなら学級委員長、生徒会役員

上等兵
徴兵されて成績が良いとこの階級となる。或いは、徴兵期間を一期勤めた後、民間に戻り、
その後、再び徴兵されるとこの階級となる。
訓練では訓練助手として配属された兵の面倒を見るのが役割。
学校で言うなら三年生。
上等兵で徴兵満期除隊を迎えると就職に有利になったり、軍隊に残るにも有利になります。

一等兵
訓練から大体一年たつと二等兵は自動的に一等兵になる。一人前の兵隊
学校で言うなら二年生。今までのうっぷんを下級生(二等兵)にぶつけてこき使います。

二等兵
徴兵、志願入隊。軍隊入りたての新兵。訓練中の兵隊の階級である
徴兵されると中隊所属となり、将校にならない限り、一生その中隊の所属となる。
学校で言うなら一年生。先輩に扱き使われる

 

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